黄泉

その5

『ジ・アート・テイタム・トリオ』には、冒頭の「ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス」の他にもう一曲、コール・ポーターの曲が入っている。「ラヴ・フォー・セール」がそれである。ここでもテイタムは素晴らしい快演を繰り広げる。正は、もう何回目に…

その4

正はフリージャズとか自由即興と称してピアノを弾いていたが、それは完全に「出鱈目」なものだった。出鱈目に聴こえるだろうが、その通り、全く「出鱈目」であった。何の原理も理論も無かった。ただ、弾きたいように奔放に弾いていた。その事に後ろめたさは…

その3

正は「ジャズ・ピアノの神様」と称されたアート・テイタムが好きだった。特に彼が没した1956年に録音された『ジ・アート・テイタム・トリオ』と『アート・テイタム〜ベン・ウェブスター・クァルテット』が好きで、毎日のように繰り返し聴いた。死の年のテイ…

その2

正は哲学者=作家=音楽家として社会から、他者から承認されようと必死に足掻いていた。四谷にあるジャズ喫茶の店主が正の文章や演奏を認めるような一行を書いてくれたことで正は狂喜した。だが、それでプロの演奏家への道が開ける訳では無かった。 正は仕事…

その1

攝津正が精神障害の悪化の為浦安の倉庫を退職して約十ヶ月が過ぎようとしていた。正は倉庫を辞めて芸音音楽アカデミーの講師になった。芸音音楽アカデミーとは正の実家である。何の事は無い、正は実家の家業(稼業)に戻っただけだ。 正は根気が無くなってい…