風俗の混乱

続いて林達夫『歴史の暮方』(中公文庫)の138ページ以下に収められた「風俗の混乱──学生服を着た職工」という文章の結びだが、僕の意見では現代にまで続く重要な問題がこういう一見瑣末なエピソードに凝縮されている。昭和15年の文章である。145ページ。

「職工の学生すがたが、職工のギャラントリーでありダンディズムであるということは、風俗文化として相当興味のある現象ではないであろうか。学生服を着た職工が、すべて街のドン・ジュアンだというのではない。けれども職工たちにもスタイルと美とに対する強い要求のあるということを、こんな情けない形で示していることに対して、彼らの指導の任にあたる人々は深く考えを致さなければならないと思う。そこには適切に、しかし何よりもデリケートに、匡正されねばならぬ服飾問題がある。そしてそれは、職工の心なき雇用者や指導者たちが単純に考えるように、あの見るからにぞっとしない、醜悪な、いわゆる国策型の改良服などを高飛車に彼らに強制することによってはけっして解決されるものではないことだけは確かである。国策への真の協力とは、多くの、一見迂路に似た道をとってはじめて行なわれうるものだということに、ここでも人々はもうそろそろ気づいてもいいのではなかろうか。政治のことでは、あまりに直線的な路ほど目的地への距離がかえって遠くなるという、一見奇妙な、しかし平凡な真理が、われわれの政治的指導者にはいっこうにわかっていないことは、まことに慨わしい次第と言わなければならぬ。」

歴史の暮方 共産主義的人間 (中公クラシックス)

歴史の暮方 共産主義的人間 (中公クラシックス)