ヒューマニズム書簡

続いて、マルティン・ハイデッガー『「ヒューマニズム」について パリのジャン・ボーフレに宛てた書簡』(渡邊二郎訳、ちくま学芸文庫)からマルクス(主義)及び唯物論に触れた議論を整理するが、簡単に申し上げればこうである。

ハイデガーは「故郷喪失」を存在忘却のしるしとして捉える(78ページ)。彼がマルクスを高く評価するのは、疎外を「故郷喪失」と同一視するからである(80ページ)。「マルクスは、疎外を経験することによって、歴史の本質的な次元のなかに到達したわけであるから、それゆえに、歴史に関するマルクス主義的な見方は、その他のあらゆる歴史学よりも優れているのである。」

他方、彼は唯物論の本質を、すべての存在者が労働の素材であるという点に求め、技術の本質のうちにあるという(81ページ)。また、82ページにおいては、ソヴィエト(共産主義)やアメリカニズムに言及し、「ヨーロッパの偉大さ」の「後退」を語るが、戦前・戦中の論旨と比べると、ナチスの敗北という歴史的要因を考慮しないわけにはいかない。

ハイデガー自身が望ましいと思う人間のありようは、「存在の牧人」(84ページ)だが、これは牧人権力(フーコー)という場合の牧人ではない。民衆、多数者を世話し気遣う牧人ではないのである。牧人という形象についての見方が彼らにおいては正反対であることにも注意が必要であろう。