2012年6月20日(水)、Facebookにて、Charlie Rouse "Yeah!"

通貨名 = "son"(孫) RT @bezoku: If God did not exist, it would be necessary to invent Him. 超訳:反原発派だけで流通する新貨幣を作れば、現日本国家は潰せるにゃん。その新貨幣には税金も課税できにゃい!

レッスンまで少し休むかな。

今日も病院に逝きそびれたが、「毎朝図書館に逝き、3時間以上本を調べ続ける」生活パターンに問題があるようだ。

10時前に図書館に入り、気付けば正午を回っている。帰宅して少し読書、考え事をしていたら、いつの間にかもう夜だ。だから、いつまで経っても病院に逝くことができないのである。

Charlie Rouse "Yeah!"を聴き終わった。

Charlie Rouseという人もThelonious MonkのQuartetのtenor saxphone奏者だったという以外の印象は余りないだろうが、このアルバムでの"You don't know what love is"の演奏はちょっと心に沁みる気がする。

ソニー・ロリンズジョン・コルトレーンジョニー・グリフィンに比べるとラウズは地味で常識的だったから、いろいろと悪口もいわれた。60年代のモンク・クァルテットの巡業は「田舎劇団のドサ回りのようだ」とか、平凡・凡庸だとか、マンネリだとか、いろいろと。

確かにラウズの演奏で何が良かっただろうか、と考えてみると、CBSでの第一作『モンクス・ドリーム』でのサックスが輝かしかった、というのが一番の印象である。

映画『ストレート、ノー・チェイサー』などでラウズの映像も観ることができるし、インタビューも聴くことができるが、彼はモンクその人とは違って大変常識人だったようである。

前もいったが、モンクがバンドのメンバーに自分の音楽的なアイデ?ィアを説明できなくてみんな困る、というシーンが『ストレート、?ノー・チェイサー』に出てくる。そうすると、ラウズは、こういう?ことなのだ、と察してそれをみんなに伝え、問題を解決した。

『ストレート、ノー・チェイサー』にはそういう場面が沢山出てくる。例えば、CDのレコーディングでスタジオに入ったのに、モンクの新曲の譜面が書き掛けだというようなことだが、そういう事態は日常茶飯事だったようである。