彼らは前向きに天国へ逝く 我々は後ろ向きに生きている 

南尚よ 生きている意味なしTシャツを着て 笑ってみんなと記念写真に収まっていた君 君の名刺には 前向きに天国へ という一言 君は前向きに天国へ逝ったのか ほぼ 今の私と同じ 三十六歳か三十七歳の若さにして 長年の深酒が君の命を奪った 生きている意味は 果たして本当になかったのか

あかねの懐かしい想い出は 南尚やさんだー杉山さんが作ってくれたキムチチャーハン carinさんが淹れてくれたチャイ 午前零時を廻った早稲田の街 眠りを知らない都会 朝まで賑やかに騒ぐ 自称・だめな我々 浮かれ騒いでも 時は静かに過ぎてゆく みんなはばらばらになり そして消えてゆく

一体何処へ消えてしまったのだろうか 究極Q太郎さん トミー Toppie!は エビスさん 洋平くんは 天国へ逝けたのか 自称・だめな我々はどうなってしまったのか 元自衛官 創価学会 野宿者寸前 わけの分からぬ都会の風物 色々な事情で 困り果てた我々みんなは どこでどうなったのか

(南尚 なぜ死んだ) それは深酒の連続で 肝臓を壊して死んだのだ 究極Q太郎さんが 南尚の実家を訪ねると 何年も掃除をしていない彼の部屋にはうず高く埃が積もっていた 親戚連中が彼の家を訪れ 子供が彼の親に (僕も大人になったらおじさんのようになりたい) と口走り 親から叱られた

山下洋輔の熱烈なファンで 音楽をCDでなくLPで聴いていた南尚 『クイックジャパン』に書いていた イケてる人だった若い頃の南尚 我々が知っていたあかねでの南尚 恋愛が実ることがなかった南尚 死の前年だったか オートバイで自損事故を起こして骨折し 入院していた 坊主頭の南尚

生者の追想には限りがなく 死者は蘇らない 彼らは前向きに天国へ逝く 我々は後ろ向きに生きている どこにも行くあてもないままに もはや彼らのいない時間と空間を ほんの少しそこまでお散歩し かつてあった細かい事実について つまらない論評ばかりをしている そして我々自身も いつかは死ぬ

想い出は常に極私的であり 我々が親しく知る人々の数は少なく 別に偉い人でもない 歴史や世界状況の大きなうねりはともかく 我々自身は 狭く親密な圏域を生きている そのなかで 多くの人からは気付かれない 究極さんの言い方でいえば (非劇的)な出来事が 日々起きている (非劇的な死)

日本の評論家の著書に反して 恐らく (人間 この劇的ならざるもの) というべきだろう (非劇的なもの) とりたてて刺戟も昂奮もない 日常の時間の持続 時の流れ 知り合いがほんの一瞬見せる表情 誰かの顔 身振り 少しの事故 そして死 取り残された者の 下らない暇潰し