雑感

遥か昔だが、早稲田のあかねに十代でやってきたゲイの子がいて、私は少し彼に興味を持ったが、彼は私に無関心だったので、人間関係はなかった。振り返ってみると、そういうことは非常に数多かった。性別を問わず、またシスジェンダートランスジェンダーか、ゲイかバイセクシュアルかヘテロセクシュアルか、ということとは関わりがなく、恋愛や性などの関係を構築するのは難しかったのである。近代社会は自由だといわれているし、前近代的な様々な形態の社会と比較すれば明らかにそうだが、そうすると、自分が自由なだけではなく、他人達もまた対等に自由だ、という結論になる。自由人と奴隷などの身分の差が建前としてはなく、自由で自律した個人が原理・原則であるタイプの社会では、そういう抽象的な自由、個から出発して何らかの関係性を模索しなければならないのである。伝統的な社会、或いは、先進資本主義諸国ではない社会を考えてみると、そういうところでは、関わりを持つ相手の選択の幅はさほどなかった、ということが分かる。誰が誰と婚姻すべきなのか、というようなことは、全部ではないとしても、かなりの割合、共同体によって暗黙に決定されていたのである。勿論そういうものは不自由だが、決められた範囲において、その関係性の構築は確実であった、といえる。ところが、近代的な社会、先進資本主義社会では、建前とか理念として個人は人格として自由なので、そういう自らの抽象的な自由から出発するしかない。

そこに多大な困難があるから、恋愛資本主義に文句をつける人々もいるのだが、少し検討してみれば、幾ら抽象的に自由だ、選択可能性がある、権利がある、などといっても、何らかの制度とか社会技術がなければ、誰かを、或いは何かを選ぶことなど不可能だとすぐに分かるであろう。そういうわけで、ほんの少し前までの日本社会にはお見合いとか結婚紹介所があったし、現在は、異性愛であれ同性愛であれ出会い系サイトが大量にある。そういうものを媒介しなければ、或る個人が別の個人と出会うことなど全く不可能なのである。

現在の彼氏のことを検討すれば、彼氏とよく話し合ったのだが、どうも、彼が漠然と抱いているイメージの一部と私が合致した、ということのようで、それは非常にいいことだし喜ばしいが、そういう偶然、まぐれ当たりのようなことが頻繁にありはしない、というのは、実に当たり前のことであろう。

それはそうと、話は変わるが、病気について考えたのだが、誰でも考えつくのは、まず、キェルケゴールの『死に至る病』である。ところが、そこに書かれているのは、身体疾患ではなく、心理的なもの、しかも「絶望」という特殊なものである。さらに、キェルケゴールの場合、本当に問題なのはキリスト教であり、我々日本人の大多数を含めた異教ではない。現在キェルケゴールが広く読まれるのは、個別キリスト教という文脈を省いても通用するような心理的な、或いは実存的な分析があるからだが、そうはいっても、例えば、こういうことである。キェルケゴールの著作の題名は『死に至る病』だが、実は、彼の考えでは、絶望というのは、それだけで物理的、身体的に死に至ることがあり得ない病であるどころか、むしろ、死ぬことが「出来ない」病なのだ、というようなことである。彼は幾つかタイプを分けており、例えば、絶望して自己自身であろうとは欲しない場合、絶望して自己自身であろうとする場合、などがあるが、いずれも死ねないのである。

そういう分析は特殊なものというか、或る特異で特定的な心理的体験にしか妥当しないはずだが、では、言葉のごく普通の意味での病気はどうかということになり、特に、外国ではなく近代の日本で探してみると、これまた誰でも思い至ると思うが、正岡子規の所謂三大随筆というものがある。

正岡子規の主な業績は、俳句、短歌、随筆だが、随筆には彼の闘病が書かれている。文章は文語体である。たまに俳句とか短歌も挿入される。柄谷行人、キース・ヴィンセントなど多数の批評家が分析を加えているが、正岡子規は重病で床に臥していても全く健康なのだ、というのが批評家の意見である。それはそうだと私も思うが、細かく読むと、例えばこうである。

正岡子規は病気なので寝たきりだが、そういう状態で苛々し、つい家人に当り散らしてしまう。そして、その後に頻りに後悔したりしている。だが、また同じことを繰り返す。そういうものが彼の随筆の内容である。それを健康だなどと呼ぶべきなのかどうかは、ちょっと私には分からない。