others

Novalis_bot
2012.04.26 19:46
真の総合的な子供―理想的な子供―の告白。(子供は、大人よりもはるかに賢く、知恵があるものである―子供は、徹頭徹尾イロニーから見た子どもでなければならない。)―子供の遊びは―大人の真似をすること。(歴史は、時と共にメルヒェンにならなければならない―歴史は再び開始の時のようになる。

無罪判決が出た小沢一郎さんについていろいろいう人々がいるが(賛成意見も反対意見も沢山ある)、私が知っているのはかつての彼が書いたり主張したり実行したことだ。彼は自民党で権力のすぐそばにいたし、自民党を離れても「剛腕」で連立政権を構築した。そして、『日本改造計画』を書いた。彼は新自由主義者であり、自衛隊PKOで国外に派兵することに賛成の国連中心主義者だった。現在の彼が「国民の生活が第一。」といっているとしても、どうなのだろうか。私は別に彼を疑うわけではない。ただ単に信じないだけだ。

きっこさんはアメリカ軍の基地を最低でも沖縄県外にしたかった鳩山由紀夫脱原発依存を唱えた菅直人が無力な「言うだけ番長」だったから小沢一郎を支持するし彼に期待するということらしいが、私からみればその小沢さんはまだ首相になっていないというだけである。

現在小沢一郎を支持する人々が細川護煕政権のことをどう思っているのかというのは是非聞いてみたい。小沢さんが正しいなら、小沢政権でなくても細川政権鳩山由紀夫政権でよかったはずだと思う私は間違っているのだろうか。

Twitterで誰かが、自分は脳のどこかが壊れていると呟いているのを見掛けると、「そんなことは考えなくてもいいのに」と思う。どこからどうみても壊れている私がいうのだから間違いないと思うのだが、どうだろうか。

「私は脳のどこかが壊れてる」そうだ。→https://twitter.com/#!/Shoko_fortia/status/195518352662331392
Twitter / 硝子たん (Yuri.T): うん、やっぱり私は脳のどこかが壊れてる。

こういうことをただ観察しているだけの私は冷淡なのかもしれない。

私は、彼女の脳は別にどこも壊れてなどいないし、彼女は自分でそう宣伝するほど駄目人間ではないと思うが。しかし、それは私という他人の意見でしかない。

そもそも自分の脳が壊れているかどうかを自分で認識することなどできないはずである。認知症の老人は自分の脳がおかしいことを自覚しているだろうか。そうではないはずだ。

自分が駄目人間かどうかも人生の終わりに判断するしかないし、それにそういうことが大事なのは自分自身にとってではなく他人達にとってのはずだ。自分にとっては、「自分」は価値があろうと駄目だろうと、他の誰かと取り替えてしまうことは絶対にできない。だから価値があろうと無価値だろうと関係がない。

そういうことも私が他人の意見を傍観者としてみてそう思うというだけである。

私が誰かに影響を与えることはないから、私の意見は最終的に無力である。

彼女の意見を注意深く読むと、彼女が競争は大事だし、競争に生き残ることも非常に大事であると考えるのは実に当然だと思う。私はそう思わないが、自分以外の他人が自分とは異なる意見や信念を持つのは当たり前だと考えるということである。

マイノリティの人々が資本主義社会のほうが個人の自由度が高いから望ましいと思うのも当然である。かつての革命直後のキューバ社会にトランスジェンダーの自由があっただろうか。

彼女は私のTwitterをフォローしているようだが、恐らく彼女からみれば私は病的に頑固で偏っているというようなことであろう。しかし、それも致し方がない。TwitterSNSをやっていれば分かりあえるはずがないからだ。

私には私の意見があり、彼女には彼女の意見があるということはどうすることもできない。

私としては他人達の幸福と苦しみをほんの少し観察するだけである。