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おはようございます。Facebookの画面が変わってしまって、使いにくくなりました。今日はここから出発します。"Ma blessure existait avant moi, je suis ne pour l'incarner." "ne"の"e"にはaccent aiguが付いていますが、インターネットで再現することはできませんし、そうしようとしますと、文字化けしてしまいます。私の技術水準ではどうすることもできません。

Gilles Deleuze "Logique Du Sens" (Les Editions De Minuit), "vingt-et-unieme serie: de l'evenement", p.174に引用されているJoe Bousquetの言葉ですが、Bousquetのどの著作なのか分かりません。Deleuzeが参照を求めているのは、1950年に出版された雑誌"Cahiers du Sud"の303号に掲載されたふたつの記事です。Rene Nelli "Joe Bousquet et son double", Ferdinand Alquie "Joe Bousquet et la morale du langage"です。Rene Nelliという名前には聞き覚えがあります。ですが、彼が何を研究していたのか今すぐに調べられません。Ferdinand Alquieは恐らくDeleuzeの先生だったDescartes研究者のことでしょう。DeleuzeはAlquieが余り好きではなかったそうです。というより、学校で教えられる哲学史一般が抑圧的でいやだと感じていたという意味のことを述懐しています。

私がJoe Bousquetについて知っているのは、邦訳が皆無、或いはほとんどないこと、フランス語原書も入手困難だということです。但し、私は一冊持っています。日本語でも、どの本に載っていたのか忘れましたが、Joe Bousquetを紹介した記事があるはずです。

"Ma blessure existait avant moi, je suis ne pour l'incarner." ということですが、簡単なフランス語ですので、私にも分かります。Ma blessureというのは、「私の傷」ということです。existaitはexisterの直接法半過去でしょう。avant moiというのは、その傷が、私より前に現実存在していた、ということです。je suis ne pour l'incarnerというのは、私はその傷(="l")を体現するために、或いは受肉させるために(incarner)生まれたということです。neはnaitreの過去分詞です。

ですから日本語にしますと、「私の傷は私よりも前に現実存在していた、私はその傷を体現するために生まれた」ということになりますが、具体的にどういうことなのかは、Joe Bousquetについて少し知らなければ分かりません。Joe Bousquetは第一次世界大戦に従軍して負傷し、下半身麻痺の身体障害者になりました。彼のいう「私の傷」というのはそのことですが、その傷が彼以前に存在していた、というのはよく分かりません。

Joe Bousquetからもう少し引かれていますから、見てみましょう。"A mon gout de la mort qui etait faillite de la volonte, je substituerai une envie de mourir qui soit l'apotheose de la volonte.", "Deviens l'homme de tes malheurs, apprends a en incarner la perfection et l'eclat." - いずれもp.175です。

goutというのは好み、嗜好のことです。failliteは破産、挫折、破綻のことです。envieというのは欲求、欲望、羨望などですから、une envie de + 不定詞は、○○することを欲する、ということなのでしょう。l'apotheoseというのは余り見掛けない単語ですが、盛典、礼賛、大詰、フィナーレ、最盛期、絶頂という意味です。l'eclatというのはこの文脈では、閃光、輝き、輝かしさ、華々しさということでしょう。そうしますと、「意志(意欲)の挫折であるところの私の死の嗜好に、意志(意欲)の礼賛であるような、死ぬことの欲求を置き換えよう(substituerai)」ということになります。substitueraiはsubstituerの直接法単純未来(一人称)ですが、substituerというのは、「…を…の代りに置く、…を…に取って代らせる」という意味です。もうひとつは、「君の不幸によって人間になれ、完成(la perfection)と輝きを体現(受肉)することを学び知れ」というような意味なのでしょうが、"en"を文法的にどう解釈すればいいかちょっと分かりません。enはde + 名詞・代名詞などの意味にもなりますから、「それから(分離・起源)」、「そのために(原因)」を指すのではないかと推測もできるでしょう。そうしますと、「君の不幸」或いは「君の不幸によって人間になること」によって、そのことを通じて、完成と輝きを体現することを学び知れ、というような意味になります。

Art Tatum "God Is In The House: Original 1940-41 Recordings" (HighNote).
ARt Tatum "The Complete Capitol Recordings Of Art Tatum" (Capitol).

GOD IS IN THE HOUSE

GOD IS IN THE HOUSE

The Complete Capitol Recordings Of Art Tatum

The Complete Capitol Recordings Of Art Tatum

DeleuzeはBousquetのMa Blessure(私の傷)を、sa verite eternelle comme evenement pur(純粋出来事としての永遠真理)と捉えますが、それが正当なのかというと、疑問です。verite eternell(永遠真理)は元々Descartes, Spinozaの概念ですが、それとMa Blessure(私の傷)が同一なのかも、evenement pur(純粋出来事)が同じなのかも不明です。Deleuzeのいうevenement(出来事)は非常に特殊な概念です。例えば、私がX年Y月Z日の或る時点に死ぬとします。常識的には出来事というのはそういう経験的な事実です。ところが、Deleuzeの場合はそうではありません。on(不定の誰か)またはil(三人称の「彼」「それ」)が死ぬ、というようなことが彼のいうevenement(出来事)なのです。Whiteheadのevent(出来事)の概念とも違います。Whiteheadがevent(出来事)を彼の哲学の基礎概念にしたのは、若い頃の「自然哲学三部作」においてでしたが、彼のいうevent(出来事)は、時間的、空間的座標に位置づけられるごく普通の意味での出来事であり事件です。その意味でDeleuzeのevenement(出来事)とは違います。ただ、Whiteheadの考え方が変わっているのは、「エジプトにピラミッドが存在している」というようなこともevent(出来事)であると考える点です。普通は、X年Y月Z日にピラミッドが完成した、というようなことを出来事、事件と考えますが、Whiteheadは、エジプトに数千年間ピラミッドが存在している、というような超長期的な持続を持つものもevent(出来事)であると考えるのです。

Descartesは「永遠真理」を次のように捉えます。「何にせよ我々の知の対象になるものは、事物か事物の或る変状と見なされるか、或いは我々の思惟の外には存在を有たない永遠真理と見なされるか、いずれかである。」(ルネ・デカルト『哲学原理』(桂寿一訳、岩波文庫)、p.67)恐らく「我々の思惟の外には存在を有たない」ことが重要でしょうが、だからといって、Descartesの「永遠真理」とDeleuzeの「純粋出来事(evenement pur)」を同一視することはできません。

Spinozaの『エティカ』の「永遠真理(永遠の真理)」の用法も確認しましたが、彼はほとんど本質存在(本質有)と同一視しています。神は本質存在と現実存在が一致するから永遠真理だが、経験的な存在、人間はそうではない、という論理になります。人間の場合、本質存在と現実存在は別ですから、個々の現実の人間は死んだり破壊されたり滅びたりしますが、「人間」という本質存在は永遠真理であるということになります。

Whiteheadの「自然哲学三部作」その他の議論は、数学や物理学などの自然科学の相当な知識がなければ、正確に理解することはとてもできません。ただ、ピラミッドの議論は、『自然という概念(ホワイトヘッド著作集第4巻)』(藤川吉美訳、松籟社)、p.85-86にあります。「われわれはある一定期間ずっと存続している大ピラミッドを出来事として考えることに慣らされていない」と彼はいいますが、それは普通そうでしょう。彼は自然の推移とか移り行き(going-on)として出来事を捉えるのだということです。

"Ma blessure existait avant moi, je suis ne pour l'incarner." (「私の傷は私よりも前に現実存在していた、私はその傷を体現するために生まれた」)ということですが、Joe Bousquetはどうしてそう考えたのでしょうか。幾つか推測してみることができます。ひとつは、ストア派的な「運命愛」の思想からではないかと考えてみることができます。『自省録』もそういっていましたが、ストア派では、ありとあらゆる出来事は必然的に決定されているのだから、その必然を運命として肯定して受け容れるべきだという考えになります。Bousquetもそう考えたのかもしれませんし、Deleuzeの意見もそうです。もうひとつは、事後的、想像的にそう思い込む、信じることにしてみたのではないか、と考えてみることもできます。これはDeleuzeの意見ではありませんが、彼の意見よりも合理的で経験的な解釈です。第一次大戦の戦闘で実際に負傷する以前に、Bousquetの傷が存在していたのだというふうには普通、考えられません。ですが、実際に負傷して障害者になってから後に、Bousquetが、自分の傷は自分以前に存在していた、と考えることにしたのではないでしょうか。

普通に考えれば、言い換えれば合理的、経験的に考えれば、「私の傷は私よりも前に現実存在していた」という結論には決して到達しません。Deleuzeにしても、彼の特殊な概念の数々、「意味」「出来事」「特異性」などを使わなければ解釈できないわけです。それらが永遠真理だと看做すとしても、少し考える必要があります。「人間」の本質存在が永遠真理であるとか、数学、物理学の法則が永遠存在であるというようなことと、「Joe BousquetがX年Y月Z日に戦闘で負傷し、身体障害者になった」というような経験的な事実(事件)が永遠真理であると考えるのは全く異なるはずです。

そもそもストア派に遡る必要がありますが、この論点を巡って、ストア派エピクロスは深刻に対立していました。Deleuzeは両者を調停してしまいますが、ストア派エピクロスが全然違うのは事実です。自然学者(ここではストア派のことです)がいう「運命」には我慢できない、というのがエピクロスの意見でした。けれども、エピクロスの反論は説得的ではありません。彼がいっているのはふたつです。ひとつは、「運命」、必然的な決定が感情的、心情的に我慢できないということです。ふたつめは、彼のいう原子の落下の微細なずれ、偏倚(クリナーメン)が人間の自由の根拠だということです。ですが、そのようなクリナーメンに合理的な根拠があるとはいえません。

ストア派に従えば、全ては必然的に決定されていますから、自由や偶然がなくなってしまいます。どうみても経験的にはそういうものはあるはずだとしても、あり得ないということになります。エピクロスはそういうことが我慢ならないと思いましたが、その彼のいうクリナーメンの合理的な根拠は不明です。そういう対立が哲学史において繰り返し反復されます。中世哲学にも恐らくあるでしょうが、私は知りません。近世・近代に限れば、デカルトは人間の意志が自由なのは自明だと考えましたが、スピノザはそう考えませんでした。カントは『純粋理性批判』「アンチノミー論」の第三アンチノミーで両者を調停しようとしましたが、それがうまくいっているのかどうかは最終的に分かりません。ヘーゲルの合理主義、理性主義には晩年のシェリングの「積極哲学」が対立します。シェリングの意見は、これまでの哲学は本質存在しか考えてこなかったから自分は現実存在(実存)を考えるのだ、ということでしたが、けれども、哲学が本質存在だけを考えてきたことには恐らく理由があります。現実存在(実存)について確かなことは何もいえないからです。

存在と無』のサルトル実存主義の主張は、人間は自由の刑に処せられている、ということでしたが、構造主義者達はそれを批判しました。そのレヴィ=ストロースなどを参照した晩年のサルトルの『弁証法的理性批判』は少し意見を修正しようとしたようですが、どういうことなのかはっきりしません。透明な意識(対自)が全く完全に自由であるようにみえても、現実には、身体であるとか社会的な制度などによって限界づけられていますから、経験的にいえば人間にどんなことでも自由に選択できるということにはなりません。アルチュセールの歩みも複雑です。彼も『マルクスのために』『資本論を読む』の立場が最終的ではありません。彼は晩年に偶然性、不確定性の唯物論を構想しますが、それはエピクロスの伝統への回帰です。「重層的決定」からは離れてしまったわけです。フーコーが、最終的に「自己」を考えたのも、権力諸関係とそこから必然的に生ずる抵抗という組み合わせでは不十分だと思ったからなのかもしれません。

哲学史を整理するだけでは退屈でしょうから、少し私自身の意見も書いておきましょう。人間が確実に知ることができる領域は非常に狭い、だから決定論が絶対に確実だとはいえない、というのが私の意見です。不可知論とか懐疑論などといわれる立場でしょうが、けれども私は、認識そのものが成り立たないといいたいわけではありません。哲学に依拠しようと、自然科学であれ社会科学であれ精神科学であれ何であれ経験諸科学に依拠しようと、精神分析に依拠しようと、直接経験に依拠しようと、確実に知ることができることは少しだけありますが、けれども、それは僅かであるといいたいだけです。例えば、精神病の病因について、ベイトソンダブル・バインド理論とか、レインの母親悪玉論は実証的に否定されています。そういう環境に置かれた人全員が精神病を発症するわけではないからです。そういう条件を持つ人のうち不幸な少数だけが精神病を発症します。ベイトソンやレインではそういう経験的な事実を説明できません。他方、脳、脳内物質、遺伝子などで全部説明できるほど、脳はまだ解明されていません。

同性愛、性的少数者などセクシュアリティについても同じです。多様なセクシュアリティがあるというのは経験的な事実ですが、それ以上のことはほとんど分かりません。セクシュアリティのありようが、歴史(時代)や文化(社会環境)に拘束されているということは確実です。現代日本の同性愛と前近代の「男色」は違うでしょうし、ヨーロッパ、アメリカ、日本のトランスジェンダーと、少なくとも近代化、資本主義化が徹底的に進む以前のインドの「ヒジュラ」は違います。フーコーが『性の歴史』の第二巻(『快楽の活用』)、第三巻(『自己への配慮』)で考えたのは、古代ギリシアの性的な実践が、近現代の我々が知り、実践しているようなものとは全く異なるのだということでした。けれども、分かるのはそこまでです。他方、自然科学に依拠しても、脳、遺伝子などで同性愛などを全部説明できません。そこまで科学は進歩していません。だからといって、何もかも全部自由で恣意的なのだというならば、行き過ぎです。

政治や経済にしても、『資本論』で何もかも説明することなどできません。ロシア革命は「『資本論』に反する革命」なのだというのがグラムシの意見でしたし、それはその通りでしょうが、最終的にソヴィエト連邦が崩壊してしまったのだとしても、1917年の時点でロシアの革命家や人民が革命を実行すべきではなかったというようなことを後世の人間がいう権利はないはずです。そういうならば、ずっとツァーリズムの専制に耐えていればよかった、というような不条理な話になります。そういうことはあり得ません。

ジャズを考えても、「バド・パウエルがピアノ・トリオのフォーマットを確立した」ということくらいは確かだといえるでしょう。ですが、現在活躍中のアーティストについて絶対確実に断言できることなどほとんどないはずです。経験的な事実は、ジャズに限らず、ありとあらゆる多数多様なアーティストがいろいろなことをやっている、ということだけで、それ以上は確実ではありません。個々の評価をいうならばなおさらです。批評家は直感(勘、経験値)であれこれ断言するでしょうし、ファンは自分の好み、趣味嗜好、美意識、センス、価値観であれこれ聴くでしょうが、それは確実な認識ではありません。

NAMもそうです。NAMの原理は絶対確実ではなく仮説的ですから、社会実験だったというしかありません。「マルクスが『資本論』の第三巻で生産協同組合を重視し、資本主義の積極的な揚棄であると述べている」というのは文献上の事実ですが、そのような考えが現代日本で通用するかどうかは未知数です。地域貨幣が有効だとも無意味だともまだ断言できません。よく代替医療東洋医学)の比喩が使われましたが、代替医療東洋医学が妥当だと思える程度にそれらも妥当と感じられるのかもしれない、というくらいの話です。飛弾さんによれば、NAMの原理を考え出したとき、柄谷さんは喜んで「詰んだ!」と叫んだそうですが、論理的に一見整合しているということと、現実問題として妥当かどうかは別問題です。例えば、web-siteで公表されたり太田出版から出版されたあのNAMの原理においては、国家論が不十分です。カール・シュミットを引用しながら、生産-消費協同組合が世界大に拡大すればそれが国家の揚棄ではないか、といっただけですが、それは仮説であり推測であって、確実ではありません。NAM末期に柳原さんが、これまでのNAMの理論と実践では国家に対する理論的認識や実践が不十分だったといいましたが、そのとき彼は、NAMの原理の意見(協同組合の世界的な拡大が国家の揚棄である)を繰り返しただけでした。それだけでは十分ではないから、『世界共和国へ』、『世界史の構造』が書かれたのでしょうが、それが妥当かどうかは不明です。

多分『世界史の構造』は『アンチ・オイディプス』などよりは経験的、合理的なのでしょうが、それが相対的に妥当かどうか判断するためには、柄谷さん以外の人々の同じテーマの論考を可能な限り多く参照して比較してみる以外の方法はありません。

ただいえるのは、どんなロジックを考えようと、そこから余り性急で短絡的な結論を導くべきではないだろうということです。カントの平和論を読もうと読むまいと、世界共和国の理念や現実の国連は大事でしょうが、いきなり「国連を強くする運動がしたい」というのは言い過ぎです。昨日もいいましたが、湾岸戦争で国連の権威は失墜したというガタリの意見などにも耳を傾けるべきです。そういうからといって、別に国連は無意味だといいたいわけでもありません。そういうならばそれも言い過ぎです。だから、慎重に考えるべきなのです。

"The Art Tatum Legacy".

The Art Tatum Legacy

The Art Tatum Legacy

Jimmy Smith "The Champ". Jimmy Smith (organ), Thornel Schwartz (guitar), Donald Baiely (drums). (1) The Champ, (2) Bayou, (3) Deep Purple, (4) Moonlight In Vermont, (5) Ready 'N Able, (6) Turquoise, (7) Bubbis. Blue Note 1514. これはちょっとすごい演奏です。冒頭の"The Champ (Dizzy Gillespie)"一曲がJimmy Smithの名声を不動にしました。多くの人々が驚嘆しました。Count Basieは「世界には七不思議があるそうだが、第8番目に追加すべきだ」といいましたし、Miles DavisはBlue Note社長のアルフレッド・ライオンに「こいつはカネになるぜ」といいました。"The Champ"を作曲したDizzy Gillespieは、自分の曲が真逆こんなふうに演奏されるとは予想しなかったのでたまげました。形式的に注意すべきなのは、piano, bass, drumsではなくorgan, guitar, drumsの編成であることです。organには足ペダルがあり、それで低音を出せるので、bassが不要なのです。

Jimmy Smith At the Organ, Vol. 2 : The Champ (Jimmy Smith's 2nd Album)

Jimmy Smith At the Organ, Vol. 2 : The Champ (Jimmy Smith's 2nd Album)

くじ引き(抽籤)についていえば、古代ギリシア都市国家=ポリス以来、民主制、民主政において重要なものと考えられてきました。記憶が正しければモンテスキューが『法の精神』で論じていたはずですし、スピノザも何かいっていたような気もします。プルードンの『連合の原理』はくじ引きを否定していたはずです。現代ではダグラス・ラミスが『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』や『ラディカル・デモクラシー』でくじ引き(抽籤)に言及しました。ただ、現代世界でくじ引き(抽籤)を実行するのはあらゆる意味で困難です。政府、官庁、議会、企業、労働組合などどの組織レヴェルでも本当にくじ引き(抽籤)をやるのは難しいでしょう。現代日本でまともにくじ引き(抽籤)をやっているのは裁判員選抜だけなのではないでしょうか。徳田ミゲル(安里健)はフリーター労組でくじ引き(抽籤)を実行しましたから、NAMの外でNAMの原理を実行した唯一の人物かもしれませんが、でも彼がやめた後、規約を改正してくじ引き(抽籤)をやめました。なぜなら、労働組合法で認められないからです。このように、例えば法制度のうえでの困難もあります。

私はこの人の意見に賛成です。https://twitter.com/#!/wtsurumi/status/183535395571630080

首相「TPPはビートルズ」=参加の意義、独自解釈で説明 http://on.wsj.com/GL6Xei もっとバカなことを言って見放されてほしい。原発再稼動、TPP、消費増税と、こいつが民意も聞かずにやってることを、指をくわえて見ているしかないのか。#TPP

Ustreamでは少ししか話す時間がありませんでしたが、民主制、民主政のことを考えています。古代ギリシア都市国家=ポリスの民主主義と現代世界の民主主義は随分違います。大きくいえばふたつあります。ひとつは、ギリシアの民主主義が奴隷制度、奴隷労働に基盤があったことです。奴隷が働き生産してくれたから、「自由人」、市民が政治参加する余暇がありました。ふたつめは、自由人だけの民主主義だったとしても、直接参加の民主主義だったと思います。「民会」とかいったと思います。それが現代と大きく違います。現代の国家は大きすぎるし国民、或いは「国民」と言いたくなければ住民の数が多過ぎるので、完全な参加型の直接民主主義はどう考えても不可能です。

そして民主主義でさえあればいいというわけでもありません。プラトンは民主主義に否定的でしたが、理由があります。『ソクラテスの弁明』を読めば分かりますが、アテナイの民主主義は、民主主義的に、ソクラテスを死刑にして殺してしまいました。若い頃にそういう出来事に遭遇したプラトンが民主主義に懐疑的になり、哲学者、賢者による政治が理想だと考えたとしても当然です。

現代日本の民主主義もあれこれ疑問です。抽籤を実行しているのは裁判員だけだといいましたが、裁判員制度がいいと思っているわけでもありません。報道をちゃんとチェックするならば、司法制度に限らず現代日本の民主主義システムがそれほど機能していないのではないかと考えるのが自然でしょう。田中さんは、最高裁判事の国民審査は全員×を付ければいい、といっていましたが、私も同意見です。

政治を考えても、フランスではかつてミッテラン社会党政権がありました。ガタリはそれに参加、協力してみて絶望しましたし、ドゥルーズは左翼政権がうまくいかないのは情報がないせいだと考え、左翼には媒介者、「同伴者」が必要だといいました。けれども日本の状況はもっと悪いでしょう。昔村山政権があったし、数年前の政権交代でも社民党が一時連立に加わりましたが、しかし、「超」少数与党としてです。社民党の凋落をどうすればいいのか、ちょっと私には分かりません。共産党には組織力があるので一定数の議員を維持できますが、現状ではどこまでも「確かな野党」に留まるほかないでしょう。民主党に何も期待すべきでないのは、政権交代(鳩山政権)以降どうなったかを観察すればすぐに分かります。

ちょっといえば、1994年にオウム真理教地下鉄サリン事件阪神・淡路大震災がありましたが、それらにまともに対応できなかったのは、村山富市社会党政権が左翼政権だったからだ、という人々がネットに数多くいますが、おかしいと思います。村山政権は社会党単独ではなく「自社さ」=自民党社会党新党さきがけの連立政権でしたし、もし仮に自民党単独政権(保守政権)だったらもっとましな対応ができただろうとはちょっと思えません。それは現在、3.11にまともに対応できないのは民主党政権が左翼政権だからだと主張する人々がいるのと同じですが、民主党政権は「左翼」ではないし、菅直人の対応に疑問があるとしても、自民党政権だったらましな対応であったはずがありません。そもそも原発を推進してきたのは自民党、特に中曽根康弘なのですから、そう考えるのが当然です。

それよりもっと問題なのは、首相になった村山富市社会党のそれまでの解釈を変更してしまい、自衛隊は合憲であるとしたことでしょう。その後、社民党と党名を変えて後、福島瑞穂などが再び修正したのだとしても、一旦合憲と判断してしまったという事実は動きません。

民主党が信用できないのは、リベラルから極右までがいるごたまぜ状態ですから自明ですが、そういう経緯から、左翼の一部の人々が、社民党も信じられないから、議会政党では共産党がましであると考えるのも致し方がないことです。

私自身は共産党の「民主集中制」が疑わしいので、共産党よりも社民党を支持するし選挙では社民党に投票しますが、社民党を支持する有権者は少ないので、私の一票が死票になってしまうのもどうしようもないでしょう。

原理主義的に社民党を支持しても、現実には政治的効果がないので、関組長(関義友さん)のような人が、社共にこだわらず、どの政党の議員であっても、ましな人を探そうとするのも当然だと思います。自民党にも民主党にもましな議員はいるはずですし、国民新党亀井静香は死刑反対論者です。ですから、もう少し広い視点から政治をみる必要があります。