近況アップデート

次に『桃尻娘』連作を検討しますが、まず事実確認から入ります。橋本治が『桃尻娘』を書いたのは1977年(昭和52年)、彼が29歳のときです。小説現代新人賞佳作になります。野坂昭如が褒めたそうです。同じ年に第二作『無花果少年』を発表します。1978年(昭和53年)、『菴摩羅HOUSE』『瓜売小僧』『温州蜜柑姫』を書きます。講談社から『桃尻娘』が刊行されます。日活で映画化もされます(『桃尻娘』主演・竹田かほり・亜湖、脚本・金子成人、監督・小原宏裕)。

次に講談社文庫の橋本治の「あとがき?」で当初の彼の考えを確認しましょう。それはこういうことでした。

榊原玲奈のその後を求める声と同時に起ったのが、「オカマの源ちゃんを主役に!」でありました。私はこの燎原の火のような要望に簡単に応えて(作家の自主性はどうなるのかなア?)、『瓜売小僧』出現とはなりました。
当初の予定では彼を主役にする気はなかったのです。五作目として『人参果の樹の下で』という源ちゃんのお父さんを主役にした三人称小説を予定していたので。と同時に、いつもホモを狂言廻しにだけ使うというのも作家の良心に反するような気がしたので(見ろ! チャンと良心だってあるのだ)、堂々のホモ小説となりました。
これを書いていて私は最初発狂するかと思いました。何しろ彼が目茶苦茶なことばかり言うもので、これほどゲラゲラ笑いながら書いた経験は初めてです。この作品はラストがどうなるかを全然予想せずに書いたのですが、結果として笑いっ放しのマンマ最後へ来て泣ける話というのになったので、作者としてはかなり満足しています(別に泣いてくれなくても構わないけどサ)。

では、『桃尻娘』シリーズは『雨の温州蜜柑姫』で完結しますが、そのとき彼はどういっていたのでしょうか。確かめてみましょう。

勿論そのためには、木川田くんの存在というのも大きかった。
私は別に、木川田くんをここまで大きいキャラクターにするつもりはなかった。狂言回し的な存在で登場させただけなのだけれど、彼はとってもウケてしまって、『瓜売小僧』という独立した作品の主役にまでなってしまった。木川田くんを別に主役にする気もなかったというのは、勿論、こういう人間には普通、"その後の人生"というものがないからだ。先のない人間を主役にしてもしょうがない。当人だって、「別にいいけど、そんな……」とか思って、平気な顔して当座の人生をとりあえず生きている。"とりあえずの人生"は華やかだけど、先がないのはつまんない。
(中略)
幸い四人の主人公達はみんな「やってもいい」ということだったので、私はもう一遍念を押した。一番初めに特に注意して念を押したのは、木川田くんにだった。
「きみは、すごくつらくなるよ。いいの?」と、私ははっきり言った。木川田くんはちょっと考えて、一瞬だけ真剣な顔をして、「うん」と言った。「やっぱ、このまんまじゃやだから……」と、彼も考えていて、それで「うん」と言ったのだけれども、私はホントにシビアで容赦がなかったので、「ホントにつらいよ」と、もう一回念を押した。すると彼は、普通の顔をして、あっさり「うん」と言った。
その顔を見て、「やっぱり、彼は彼なりに覚悟してるんだな」と思って、「そういう顔がちゃんとできるんなら、きっと大丈夫だ」と、OKした。

さて、橋本治はどうして、木川田くんについて、「こういう人間には普通、"その後の人生"というものがない」と考えていたのでしょうか。具体的に検討してみましょう。木川田くんが最初に主人公になるのは、講談社文庫の『桃尻娘』に入っている『瓜売小僧 ウリウリぼうや──二年A組十一番 木川田源一』です。これはもともと、『小説現代』1978年7月号に掲載されました。この小説を調べてみることにしましょう。