近況アップデート

若き日の橋本治に限らず、もう当時のことはすっかり分からなくなってしまっています。21世紀に生きている現代の我々は「プレカリアート(不安定労働者)」とか「反貧困」とかいいます。しかし、80年代に日本が欧米を凌ぐと自己錯覚したほどに豊かであった(「超資本主義的」)という事実は忘れられています。37歳の私にしても当時のことは微かな記憶しかありませんから、思い出すのは困難ですし、より若い世代はそもそも経済的な豊かさや文化的な爛熟、特殊日本的なポストモダニズムニューアカなどを生み出した土壌を経験していないので知りません。そして当時のポストモダンニューアカの知識人や文化人は全員転向しましたし、転向していないとしてもわけがわからなくなってしまっています。例えば、橋本治の親友ですが、かつて糸井重里が単なるコピーライターというのを超えて思想家、表現者と看做されていたというようなことが現在からして理解できるでしょうか。糸井重里が考え出したコピーは表現であり思想だと思われていたのです。現在では考えられないことではないでしょうか。