近況アップデート

フーコーについて簡単にいうと、意外なほどニーチェハイデガーの影響が強いというのをどう考えればいいのか、ということが疑問です。例えば有名な「牧人権力」批判は、ニーチェの「畜群道徳」批判の繰り返しです。それから、晩年のフーコーは自分は『存在と時間』をよく知らないと言っていますが、ハイデガーをドイツ語で読み込み何トンものノートを取っていた彼に『存在と時間』が分からなかったはずはありません。考えられるのは、フーコーは後期ハイデガーの「存在の歴史」とか「技術(テクネー)の運命」といった考え方におおいに影響され触発されたけれども、初期(前期)ハイデガーのいまだ現象学であった『存在と時間』の方法論や概念枠組みを拒否したということです。例えば現存在の「現(Da)」という開けを存在への通路と看做す、というような考えを拒否したということです。けれどもそういうことで良かったのかどうかはよく吟味しなければ分かりません。