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『マイルス・アウェイ』のライナーノーツによれば、橋本一子が躁的な感じで、その解説を執筆した批評家に、私はジャズの新しい語法を発明した、と言ったが、彼は信じなかったそうである。ところが、音源を聴いてみて、考えが変わったそうだ。

私には、『マイルス・アウェイ』と『マイルス・ブレンド』が本当にそれほど凄いのかを証明する力はない。ただ、客観的にいえる事実がある。それは、橋本一子の録音のなかで伝統的なピアノ・トリオはこの2枚だけだ、ということである。

勿論現在流通しているありとあらゆる音源を購入して聴くことは、資金の制約もあるし出来ないのだが、それでも、私は、自分に可能な限りは、ピアノを中心に、音源を渉猟してみたつもりである。そして、上述の2枚についてよく考えてみて、何に似ているかといえば、ハービー・ハンコックがこれまでに残した2枚のトリオ演奏である。ちなみに、ハービーには、『トリオ』と題されたその2枚以外にも、ほんの若干、トリオ形式での録音がある。

橋本一子の場合は、題名に「マイルス」が入っているわけだが、ハービー・ハンコックのほうも、第二期黄金クィンテットの一員だったのだから、当然、マイルス・デイヴィスの音楽性の影があるはずであろう。それは確かに、トリオ演奏でも感じるが、より濃厚にそれが窺えるのは、ソロ演奏、『ザ・ピアノ』である。ちなみに、『トリオ』と題された2枚も『ザ・ピアノ』も日本録音である。

橋本一子は、実は、全部よく聴いてみたのだが、"Ub-X", "Arc-dx"など最近のものも凄いし、特に驚いたのは、インターネットのダウンロード販売オンリーの、菊地成孔との共演で、これには本当にびっくりした。こんな音楽があり得るのか、というくらい、衝撃を受けたのである。私自身の好みをいえば、単に伝統的な演奏でもないが、完全なフリーでもなく、調性を残しているが、微妙に揺らいでいる、といったタイプの音楽で、ハービー・ハンコック橋本一子のアコースティック・ピアノの演奏はそれに該当するわけである。ちなみに、ハービー・ハンコックも、伝統的な形式、アコースティックよりも、様々な実験、新しい試みが多いし、そういう意味でも彼ら二人は共通しているのかもしれない。橋本一子の若い頃の諸々の録音については、正直よく分からなかったのだが、今度また聴き直そうと思っている。