幻の蓮實重彦ポストモダンジャズ論、ふうん?

miyaさん、おはようございます。
さて、ジャズにおけるポスト・モダンって、なんですかね。
一応、モダン・ジャズという括りはありますが、それ以前はプレ・モダンなんでしょうかね。思想史の常識を申し上げれば、20世紀は全部モダン(近現代)だと思いますが。サッチモやエリントンは近代人ではないのでしょうか。とりあえず、彼らが奴隷などでなかったのは確かですよね。そして、ポスト・モダンはどうでしょうか。60年代以降ジャズが変貌し続けているということくらいは私も事実だと思いますが、それ以上のことは、どうなのでしょうかねえ。
ソシュールとポスト・モダン、記号論ですか。なるほど。ソシュールの乏しいテキスト(彼自身が著したわけですらない)を読みますと、いかがなものか、と思いますが。ポスト・モダン、フランス現代思想──私もドゥルーズを研究していた身でこんなことを申し上げるのは何ですが──はいい氣なものですよ。
廣松渉の《実体論から関係論へ》、丸山圭三郎の晩年の文化論については論評できかねますね。彼らは『記号的世界へ』などと対談もしていますが。

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『幻の蓮実重彦ポストモダンジャズ論』についてですが、彼は《蓮實重彦》と旧字、正字で表記しないと、ひどく嫌がるそうですよ。『反=日本語論』(ちくま文庫)によればね。