近況アップデート

ウィリアム・バロウズ『ジャンキー』(鮎川信夫訳、思潮社)を丁寧に読みましたが、「死には匂いがない」というくだりは見当たりませんでした。その代わり、引用したい箇所が3箇所ありました。後で引用します。『ジャンキー』はいい小説ではありません。バロウズが評価されるのは『裸のランチ』以降に書いたものによってですが、私は彼が小説家に向いていたとは思いません。彼が小説家になったのは、友達のジャック・ケルアックが「シェイクスピアに繋がる人間は、書くということから逃れることはできないんだよ」と繰り返し執拗に諭して説得したからでした。私は小説としてみれば、ケルアックの『路上』、『地下街の人々』、『荒涼天使たち』などがいいと思います。バロウズに意義や価値があるとすれば、彼の「カット・アップ」がいわゆる文学の外部だったということでしょう。でもその「カット・アップ」も、バロウズ以外の人が模倣してみて成果がでるようなものでもありませんでした。

ウィリアム・S・バロウズ『デッド・ロード』(飯田隆昭訳、思潮社)をよく読みましたが、やはり、「死の匂いがある」という文章は見付けることができませんでした。でも、『デッド・ロード』はいい小説です。子供の頃からのバロウズの希望は、純文学ではなく冒険小説を書くことでしたが、彼はそれを晩年に実現しました。『シティーズ・オブ・ザ・レッド・ナイト』、『デッド・ロード』、『ウェスタン・ランド』の三部作です。その文学的価値は分かりませんが、でももともとバロウズは純文学ではなく冒険小説や西部劇が書きたかったから書いただけです。『裸のランチ』や「カット・アップ三部作」(『ソフトマシーン』、『爆発した切符』、『ノヴァ急報』)は読解困難ですが、晩年の三部作はごく普通の物語ですし、読解可能です。

『ジャンキー』から引用したいところが3つあるといいましたが、ひとつずつみていきましょう。まず、ひとつめです。「だが、実のところ、私の最も古い記憶は悪夢の恐怖に彩られている。私は独りになるのがこわかったし、暗闇がこわかった。いつも何か異常な恐ろしいものが今にも現われそうになる夢を見るので眠るのがこわかった。そのうちに目が覚めたあともなお悪夢がつづくようになるのではあるまいかと心配した。あるとき、女中がアヘンの話をして、アヘンを吸えばとてもすてきな夢が見られると言うのを聞いた覚えがある。「おとなになったら、ぼくはアヘンを吸うよ」と私は言ったものだ。」

つぎに、ふたつめです。「子供のころの私は幻覚を起こしやすかった。ある朝早く目を覚ましたとき、自分が作った積木の家の中で小人の群れが遊んでいるのを見たことがあった。恐怖は少しも感じなかった。ただ沈黙して驚嘆するばかりだった。もう一つのたびたび経験した幻覚あるいは悪夢には「壁の中の動物」が出てきたが、これは四つか五つのときにかかった何とも診断のつかない奇妙な熱病の錯乱状態とともに始まった。」

最後に、みっつめです。「麻薬をやめるということは、一つの生き方を放棄することだ。おれは何人ものジャンキーが麻薬をやめて酒に溺れ、二、三年のうちに死んでしまうのを見てきた。元ジャンキーのなかには自殺する者がしばしば出てくる。なぜジャンキーは自分から進んで麻薬をやめるのだろうか? この疑問に対する解答はだれにもわからない。麻薬がもたらす損失や恐怖をいくら並べたてたところで、麻薬をやめる心の推進力にはなりはしない。麻薬をやめようという決意は肉体の細胞の決心なのだ。ひとたびやめようと決意してしまうと、前に麻薬からはなれられなかったのと同じように永遠に麻薬にはもどれなくなる。長い間よそへ行っていた人間と同じように、麻薬の世界から戻ってくるとあらゆることが前とは違って見えるのだ。」

Bud Powell Trio "Budism". Bud Powell (piano), Torbjorn Hultcranz (bass), Sune Spangberg (drums). Recorded at The Golden Circle, Stockholm, April & September 1962. Disc One: (1) I Hear Music, (2) Relaxin' At Camarilo, (3) It Could Happens To You, (4) 52nd Street Theme, (5) Blues In The Closet, (6) The Best Thing For You, (7) I Should Care, (8) 52nd Street Theme, (9) Off Minor, (10) Polkadots & Moon...beams, (11) Buttercup, (12) Epistorophy, (13) Confirmation. Disc Two: (1) Moose The Mooche, (2) If You Were Here, (3) I Here Music, (4) The Best Thing For You Is Me, (5) The Best Thing For You Is Me, (6) Blues In The Closet, (7) That Old Devil Moon, (8) Straight, No Chaser, (9) Like Someone In Love, (10) Confirmation. Disc Three: (1) Relaxin' At Camarillo, (2) Conception, (3) I Sould Care, (4) I Hear Music, (5) Dance Of The Infidels, (6) Swedish Pastry, (7) Reets And I, (8) Buttercup, (9) Groovin' High, (10) 52nd Street Theme, (11) Blues In The Closet.

Budism

Budism

「一歩を進めて、内部思考が自明とされる『未ダ生ヲ知ラズ。焉ゾ死ヲ知ラン』といえるとき、これを外部思考に変換し、対偶命題をとって『既ニ死ヲ知ラバ何ゾ生ヲ知ラザラン』といえる。言うまでもない、『未ダ生ヲ知ラズ。焉ゾ死ヲ知ラン』は境界がそれに属せざる領域で内部であり、『既ニ死ヲ知ラバ何ゾ生ヲ知ラザラン』は境界がそれに属する領域で外部である。ぼくは主観はわからないと言った。しかし、極地としての主観はわかった。、『未ダ生ヲ知ラズ。焉ゾ死ヲ知ラン』がこれである。ぼくは客観はわからないと言った。しかし、極地としての客観はわかった。『既ニ死ヲ知ラバ何ゾ生ヲ知ラザラン』がこれである。これらの対決において、ぼくは主観客観の一致を考える。」森敦の『意味の変容』ですが、これは詭弁です。

現代論理学を持ち出そうとトポロジーを持ち出そうと、経験的、合理的にいえるのは『未ダ生ヲ知ラズ。焉ゾ死ヲ知ラン』というところまでです。対偶命題をとって『既ニ死ヲ知ラバ何ゾ生ヲ知ラザラン』などと考えるのは、『論語』を自分勝手に読んでいるだけです。どうして生きている人間に既に死を知るなどということができるのでしょうか。この問いへの説得的な答えは何一つありません。

「この世を正しくすることがはたして可能であるか、または不可能であるか。これを命題として問うならば、それはいわゆるアンチノミーを構成するであろう。しかし、孔子では行動として、可能と不可能の間を行きつもどりつすることは、正しさとか正しくないとかを越えて、一つの連続した喘ぎであったとしか考えられない。第三者より見て愚とも狂とも思われる、みじめな蹌踉たる歩みであったであろう。可能と不可能の、二つの言葉の総合統一の立場に立っていたという意識が孔子にあった、という様な考えかたは、むしろ不謹慎をまぬがれないであろう。」これは中井正一『感嘆符のある思想』です。岩波文庫の『中井正一評論集』p.217です。

私がごく普通に読めば、『論語』は、西欧近代の人間主義が妥当かどうかというような狭い問題を越えて「人間的」であり世俗的です。荻生徂徠が「鬼神論」を考えたり、森敦が『既ニ死ヲ知ラバ何ゾ生ヲ知ラザラン』と考えたとしても、それは彼ら自身の思想であり、『論語』や孔子とは区別して捉えるべきです。

少しだけ寄り道すれば、NAMに欠けていたのは「倫理」などではなく単に「礼儀」だったのではないでしょうか。礼儀、礼というのも、中国の儒教の伝統や荻生徂徠古文辞学を持ち出せば幾らでも一見「深遠」に論じることもできるでしょうが、でも私がいいたいのはそういうことではありません。言葉のごく普通の意味での礼儀、礼節がなかったのではないか、ということです。

不思議なものは数あるうちに、
人間以上の不思議はない、

これはソポクレースアンティゴネー』(呉茂一訳、岩波文庫)の「人間讃歌」で、ハイデガーも取り上げています。ソポクレースそのものを読んでもハイデガーを読んでも、どこが「讃歌」なのか分かりません。彼らは人間は「不思議」だとか「不気味」だとかいいますが、私もそう思います。

「死は誕生と同様に自然の神秘である。同じ元素の結合、その元素への分解であって、恥ずべきものでは全然ない。なぜならそれは知的動物にふさわぬことではなく、また彼の構成素質の理法にもふさわぬことではないからである。」これはマルクス・アウレーリウス『自省録』(神谷美恵子訳、岩波文庫)、p.45です。『自省録』は素晴らしいから晩年のフーコーが愛読したのも当然ですし、神谷美恵子というのも偉い人です。『自省録』の翻訳は岩波文庫と中公バックス世界の名著の2種類があります。

マルクス・アウレーリウスはストア派に分類されますが、でも彼は、プラトンエピクロスも読んでいるし肯定的に引用しています。党派的、学派的ではなく公平な人だったのでしょう。

「何事が君に起ろうとも、それは永遠の昔から君に用意されていたことなのだ。そしてもろもろの原因の交錯は永遠の昔から君の存在とその出来事を結び合せていたのだ。」『自省録』p.164ですが、これは「私の傷は私より遥か以前から存在していた」というジョー・ブスケを想起させます。

少し飛躍しますが、19世紀です。「だが絶望はまた別の意味で一層明確に死に至る病である。この病では人は断じて死ぬことはない(人が普通に死ぬと呼んでいる意味では)、──換言すればこの病は肉体的な死をもっては終らないのである。反対に、絶望の苦悩は死ぬことができないというまさにその点に存するのである。(中略)いな、死という最後の希望さえも遂げられないほど希望がすべて失われているのである。死が最大の危険であるとき、人は生を希う。彼が更に怖るべき危険を学び知るに至るとき、彼は死を希う。死が希望の対象となる程に危険が増大した場合、絶望とは死にうるという希望さえも失われているそのことである。」キェルケゴール死に至る病』(斎藤信治訳、岩波文庫)、p.26です。

幾つかの理由でキェルケゴールには慎重である必要があります。その最大のものは、彼の問題がキリスト教でありキリスト者であるということです。

キェルケゴールキリスト教を度外視して読むことはできません。彼は普通の、或いは通常の哲学者とは違います。デカルト、カント、ヘーゲルキリスト教徒だったというのとはレヴェルが違います。彼にとって最大、究極、唯一の問題がキリスト教だったのです。比較するとすればパスカルしかいません。

キェルケゴールの邦訳は読み切れないほど膨大にありますが、その多くが宗教的なテキストです。著作集、全集のほかに、宗教講話集があります。柄谷さんが「死者は狡猾である」という文章だけを『愛のわざ』から抜き出すのが疑問なのは、そもそも『愛のわざ』が抄訳だし、それにキリスト教の文脈から切り離すのが妥当かどうか不明だからです。そのキェルケゴールの立場からは、孔子マルクス・アウレーリウスも、いかに立派な人々であっても、「異教徒」ということになります。現代日本の我々も、もしキリスト教の信仰がないならば、やはりただの「異教徒」です。彼が何か大事なことを伝達したかった相手ではありません。

キリスト教が「人間が人間としては知らない悲惨を発見した」、それが「死に至る病」だというのがキェルケゴールの意見です。だから彼は、自然人とキリスト者の関係は子供と大人との関係のようなものであるといいます。彼の考えでは、キリスト者のみが死に至る病(絶望)の何を意味するかを知っているということになります。

普通に考えれば、キリスト者でなくても、絶望するし不安になります。それは自明です。例えば山田花子分裂病だと告知されて漫画が描けなくなったと絶望して飛び降り自殺しました。でも、キェルケゴールの意見ではそれは彼の考える真の絶望ではないのです。なぜなら、絶望、死に至る病は死ぬことができないという病のはずですから、山田花子の自殺は関係ないことになるからです。けれども、ヨーロッパ人でもキリスト教徒でもない人々にとってはそういうキェルケゴールのこだわりのほうがどうでもいい関係ない話だということになります。「異教徒」だろうと何だろうと絶望するし不安にもなるというのは、経験的な事実だからです。

キェルケゴールを読む困難はそれだけではありません。彼は、美 / 倫理 / 宗教というような段階を考えましたが、そのような彼の想定をそのまま信じていいか全く分からないからです。美的段階において問題なのは、端的にいえば恋愛ですが、どうみても素朴な恋愛ではなく、非常にややこしいものです。テキストも『誘惑者の日記』、『反復』のような文学的テキストになります。

キェルケゴールのいう倫理はよく分かりませんが、孔子マルクス・アウレーリウスは倫理的であるから立派でも、キリスト教に到達しなかったから、つまり「異教徒」だから、彼のいう最終段階、「宗教的」段階には到達しなかったというような推測をしても不合理ではないでしょう。でも、そういうキェルケゴールを信じるかどうかは別問題です。

厳密にいえば「ヨーロッパ人」が問題だというのと「キリスト者」が問題だというのは、微妙ですが、決定的に違います。ヨーロッパ人=キリスト者キリスト教徒)ではないからです。19世紀末のヨーロッパ人が、ニーチェキェルケゴールには堕落した人々にみえたのだとしても、その理由や意味は全く異なります。ニーチェにとっては、キリスト教の病毒に汚染されてヨーロッパ人が高貴さを失ってしまった、ということが問題でした。他方、キェルケゴールにとっては、当時のヨーロッパ人がたとえ表面的、形式的にキリスト教徒なのだとしても、彼の考える真のキリスト者ではないということが問題でした。真のキリスト者とかはよく分かりません。分かりませんが、死ぬ直前のキェルケゴールが命懸けで、まさに寿命を縮めてまでやったのが、過激な教会批判だったという事実には注意すべきです。彼にとっては教会も欺瞞だったのです。

ヨーロッパ人でも無神論者である場合がありますし、日本人でもキリスト教の信仰を持っている人もいます。ニーチェキェルケゴールは、「日本人でもキリスト教の信仰を持っている人もいる」というような現実を考えたことはなかったでしょうが、でも事実はそうです。織田信長の時代から、江戸時代、明治時代など、苛酷に弾圧されながらキリシタンが存在していました。私は、権力から弾圧されたからキリシタンは善だとか正義だとか真理だといいたいわけではありません。そういう問題ではないでしょう。ただ単に、歴史的にそういう事実や経緯があったし、今現在もそういう条件は同じだといいたいだけです。現代の日本にも、少数派でありながら、キリスト教を信仰し続けている人々がいます。でもそういう私自身には、信仰はありません。

少しいえば、日本の文脈では内村鑑三を考えないわけにはいけません。私が柄谷さんが嫌いでも、公平を期すために断っておく必要がありますが、柄谷さんが『日本近代文学の起源』か或いは他のどれかの著作で次の事実を指摘しています。(1) 内村鑑三自身は自らの意思でキリスト教に入ったわけではなく、先輩に強制されて入りました。でも、自分を勧誘した先輩連中が信仰を放棄してしまってからも、内村鑑三は信仰を持ち続けました。(2) 内村鑑三に影響されてキリスト教に入ったけれども、後に信仰を放棄してしまった人々が沢山います。志賀直哉もその一人ですが、志賀直哉内村鑑三キリスト教と対決しそれを放棄(棄教)しなければならなかった理由は、柄谷さんの意見では、性の問題です。このことは丁寧に考察し吟味する必要があります。(3) 内村鑑三には、当時の日本が中国(清)やロシアとやった戦争を巡って、政治権力との関連で微妙な問題がありました。私の記憶が間違っていなければ、内村鑑三は、日清戦争では反戦の立場を明瞭にしていなかったはずですが、日露戦争のときに「非戦論」を唱えたはずです。当時の好戦的な世論から非難されたはずですが、内村鑑三には信仰がありましたので、意見を変えなかったはずです。そして、堺利彦幸徳秋水など社会主義者とも微妙な関係だったはずです。キリスト者社会主義者になってしまうということがあり得なかったとしても、当時の政府の戦争政策(帝国主義)に反対であるという点で少し一致したはずです。

文章を丁寧に読むべきだというのが私の意見ですから、嫌いでも、柄谷さんも例外にはなりません。今申し上げたようなことは、『定本柄谷行人集1:日本近代文学の起源』(岩波書店)の「第3章 告白という制度」、p.117以下にあります。ちなみにこの本は、飛弾さんからいただいたものですから、彼に感謝しなければなりません。

事実関係を整理しましょう。(1) 内村鑑三は、札幌農学校で上級生たちから「イエスを信じる者の誓約」に強制的に加入させられました。(2) 明治20年代から30年代はじめにかけてキリスト教徒だった人たちは、やがて自然主義に向かいました。(3) 志賀直哉にとって問題だったのは「姦淫」でした。それ(性の問題)が同性愛だったというのは、柄谷さんの推測の域を出ないのではないかと私自身は考えます。(4) 内村鑑三は「無教会派」を提唱しました。(5) 内村鑑三にとっては天皇や皇室なども絶対ではなかったので、不敬事件を起こしました。(6) 日露戦争のときに「非戦論」を唱えました。

『戦前の思考』p.192以下の『余は如何にしてキリスト教徒となりしか』の要約からも客観的な事実関係を記しておきましょう。(1) 内村鑑三は、札幌農学校に第二回生として入学したとき、すでに前年クラーク博士によってキリスト教に入信していた上級生たちに、入信を強制されました。(2) 内村鑑三は最後まで一人で抵抗しましたが、屈服しました。(3) けれども、その上級生たちも、後に内村鑑三のところに来た人たちも、多くが労働運動(社会主義)や自然主義に向かい、内村鑑三は孤立しました。

ちなみに私自身は、『余は如何にしてキリスト教徒となりしか』を持っていませんが、『基督信徒のなぐさめ』『代表的日本人』は持っており、特に『基督信徒のなぐさめ』を繰り返し愛読しています。自分自身の病気や貧困を考えるときに読むのが、正岡子規の随筆と『基督信徒のなぐさめ』です。

『基督信徒のなぐさめ」の第6章は「不治の病に罹りし時」と題されています。けれども私にはキリスト教の信仰がないので、「なぐさめ」にはなりません。内村鑑三のいうのは、「医師ことごとく我を捨てなば我は医師の医師なる天地の造主に行かん」(p.90)というようなことですが、彼の信仰も強靭で執拗かもしれませんが、「神を信じない」という私のほうもそれなりに執拗です。

治療法は何もないからバイトすればいい、というのが精神科医の意見なので、そういう精神医学を私が信じないのは当然ですし、「医師の医師なる天地の造主」なども私には関係がない話です。

Bud Powell Trio "At The Golden Circle Volume 1" (SteepleChase).
Bud Powell Trio "At The Golden Circle Volume 2" (SteepleChase).
Bud Powell (piano), Torbjorn Hultcrantz (bass), Sune Spangberg (drums). Recorded April 19, 1962 at Gyllene Cirkeln, Stockholm.

At the Golden Circle 1

At the Golden Circle 1

At the Golden Circle 2

At the Golden Circle 2

D.H.ロレンス『現代人は愛しうるか 黙示録論』(福田恆存訳、中公文庫)、ファニー・ドゥルーズジル・ドゥルーズ『情動の思考 ロレンス『アポカリプス』を読む』(鈴木雅大訳、朝日出版社)を読みましたが、その感想はまた後ほど。今は、島田雅彦『彼岸先生』(福武書店)から一箇所だけ引用します。自殺未遂で精神病院に入院してしまった「先生」の言葉です。「病院は人が死ぬところです。死ぬのが恐いんなら、退院した方がいいですよ。」(p.344)

元生徒の大学生が練習するためにスネアドラムを取りに来ましたが、Bill Evans with Philly Joe Jones "Green Dolphin Street", Wes Montgomery "Road Song"を貸しました。もう教師、会員の関係ではありませんが、でも彼には伸びて欲しいですし、客観的にいって私は6000枚以上のジャズのCDを持っていますが、彼はほとんど持っていませんから、貸すのが当たり前です。
http://www.discogs.com/Bill-Evans-with-Philly-Joe-Jones-Green-Dolphin-Street/release/2289288

私は唯一の生徒を失ったのですから、確かに経済的にも精神的にも打撃ですが、けれども彼本人のことを考えますと、私のところ(芸音)にいるより東京で頑張ったほうが絶対にいいというのは誰がどうみてもそう思うだろうというような客観的な判断です。それに私は死後、自分の6000枚のCDを彼に遺贈したいと思っています。私などとっとと死ねばいいから、持っている全部のCDを寄越せとか、自分達で6000枚を三分割するなどと図々しい自分勝手なことをいう実験君、真哲君には一枚も渡したくないのは当然です。

ロレンス、ドゥルーズの感想をいう前にルソーの『エミール』から一ヶ所引用します。岩波文庫の上巻(上中下の三分冊になっています)、p.51です。「人々は教師がすでにいちど教育にたずさわった人であることを望むかもしれない。それはむりな注文だ。同一の人間は一度だけしか教育にたずさわることができない。二度やらなければ成功しないというなら、どんな権利があって最初の教育をひきうけるのか。」今井一雄という人の翻訳です。よく考えてみる価値のある言葉です。ニーチェにいわせれば、ルソーには悪意があり、ロックは浅薄であり、ヴォルテールは軽薄だというようなことになってしまいますが、でも私はどの哲学者も読んでいて楽しいし(ニーチェの本よりも)、価値があると思っています。

さて、ロレンスの黙示録論も、それを論じたドゥルーズのエッセイも、私は支持できません。なぜなら、異教的世界とか象徴を回復するというようなことに意味があると考えないからです。私は合理的なのです。

私が関心を寄せるのは、ラッセルとロレンスの関係です。ラッセルはこう書きます。「私はロレンスの熱血が好きだった。ほとばしる感情のこもった、エネルギーと情熱が好きだった。世界を建て直すためには、きわめて根源的ななにかが必要だという信念に好感が持てた。政治を個々の人間の心事から分離して考えるべきではないとする点で、私は彼と同意見だった。(中略)彼には私には備わっていない、ある種の洞察力があると私は信じていた。彼が、私の反戦主義の根拠が血の情熱にあると言った時、彼の主張は正しいと思った。24時間の間、私は自分が生きるに値しないのではないかと考え、自殺をはかろうとさえした。しかしやっと健康な反応が始まり、そういう不健全な考えをやめる決心がついた。」

私はロレンスからいちゃもんをつけられて、「24時間の間、私は自分が生きるに値しないのではないかと考え、自殺をはかろうとさえした」ラッセルは誠実だと思います。ロレンスがラッセルと訣別するために書いた長文の手紙は非論理的な言い掛かりです。ロレンスがいいたいのは、ラッセルの反戦平和運動の動機が実は戦争の欲望なのだ、だから欺瞞だとかいうしょうもないことですが、そういうことをいうならば、ラッセルに限らずサルトルでも誰でも、反戦平和運動など全くできないのではないでしょうか。ロレンスは、ラッセルに「あなたは人類の敵であり憎悪に満ちた人間です」などと失礼なことをいいます。そして、ラッセルの反戦運動の動機が「人間への憎しみ」、「肉体と血への憎悪」、「倒錯し精神化された血の欲望」だとかいいます。こういうろくでもない手紙を友人だと思っていた人から送り付けられたラッセルが24時間の間自殺を考えてしまってもしょうがないのではないでしょうか。

問題はそういうことだけではありません。私は、ロレンスの「情動の論理」「生身の自然の論理(フィジック)」などよりも、ラッセルの「関係の論理学」のほうを支持します。ラッセルよりもロレンスのほうがいいのだというドゥルーズは少しも論理的(論理学的)ではないし、彼の『意味の論理学』、『感覚の論理』は論理的でも論理学でもありません。『意味の論理学』にしても、最終的に、アルトーの分裂症的な言語に絶対的な優位があるという結論に到達します。ということは、言葉の普通の意味の論理学でも言語論でもないのだということです。

Bud Powell Trio "At The Golden Circle Volume 3".
Bud Powell Trio "At The Golden Circle Volume 4".

At the Golden Circle 3

At the Golden Circle 3

Vol. 4-at the Golden Circle

Vol. 4-at the Golden Circle