私の意見

後藤さん、私は普段余り他人に関わりませんが、行き掛かり上やむを得ない場合もあります。別にあなたにとりたてて悪意があるわけではないので、不快でしょうが、最後まで私の話を聞いてください。

まず、大西順子がcom-postを読んで腹を立てたのは、後藤さんが、ジャッキー・バイアードにまで遡って否定したからでした。私にはそういうことがよく分かりません。けれども、後藤さんがそうする必要があると考えたのならば仕方ないでしょう。但し、大西順子の反論にも耳を傾けなければ公平ではありません。

大西順子は昔Twitterをやっていました。その後やめましたが、私が自分のブログにメモしていたので、それを確認できます。彼女はcom-postを読んで、次のような意見をいっていました。

「それにしても、こう批判ばかりされたらもうナニも作りたくなくなる。しかも明らかに見当違いの。ってか批判する人達にもサンプル盤ただで渡す必要あるのか。どうしても気に入らないなら「すみません、今回は書きません」とかそういうの、ないの?」

「J.ByardをB級扱いした記事書いた人いたけど、本物を間近で見たことないんだろうなあ。指が速く動いたらピアノうまい、ぐらいの感覚しかないんだろうなあ。そんな人がプロ(?)と称して批評書いて。。恥ずかしくないのか。」

「批評家じゃなくて批判家という職種ないの?」

「まあね。ただこんな奴らにサンプルが出回るのが我満ならん。あれだってタダじゃない。それならTSUTAYAで借りてる子たちにあげたいよ。RT @jujuinoueエネルギッシュな人生を送れないし知りもしない人種の批判の言葉に耳を貸すなんて。RT @junko作りたくなくなる。」

「今朝からの怒りは冷めましたがもう一つだけ。どんな駄作にもそれ相応の苦労がある。レビュワーさんはそれを受け止めた上で何だかんだ書くのが仕事だと思ってるけど「作品が長い、これを聞かせられるこっちの身にもなってみろ」、というキレ方するのなら、その職業を辞めて頂きたい。」

大西順子が言及している「J.ByardをB級扱いした記事」とは、後藤さんがcom-postに寄稿した批評でしょう。

http://com-post.jp/index.php?itemid=489

「『ジャズ・ライフ』のインタビューで彼女はジャッキー・バイアードが好きだと言うようなことを語っていたが、それを読んで腑に落ちたことがある。バイアードは実に器用でなんでも出来てしまうが、彼ならではの個性というと私などはいささか首を傾げてしまう。いったい彼女はバイアードのどこに惹かれたのだろう。テクニックはあっても、個性が借り物みたいに聴こえてしまうのはバイアード譲りなんじゃなかろうか。」

後藤さんが批評家だからそういうことを書くのが当然だとしても、それを読んだ大西順子が怒るのも致し方がないことです。だから、大西順子からTwitterで上記のようなことをいわれてもしょうがないのではないでしょうか。

私は後藤さんやcom-postが大西順子に失礼だったと思いますが(それはジャズ批評、ジャズ評論と無関係の一人の読者、聴衆、個人としてそう考えるのだということです)、今度のcom-postの菊地雅章論がそういうものになっていないことを祈ります。私はまだ読んでいません。なぜなら、菊地雅章の新譜を入手して聴くことができていないのに、先に批評を読んでも妥当かどうか判断できないし、先入観を持つことになるだけだからです。多分高齢の菊地雅章はインターネットをやっていないでしょうから、彼が反論してくるようなことはないでしょうが。

次にcom-postについてですが、「確かだと思える結論に到達したら、com-postのようなweb-siteで公表したらよかったのに」というのが私の意見です。実際にはそうではなかったので、「往復書簡」は現に混乱状態です。

私は言語学にくわしいわけではないですが、ソシュールというならば、次のことを吟味するのが当然だと思います。(1) ソシュールの死後弟子達が講義録を編集・出版したがその編集が妥当かどうか、(2) 言語学者の小林英夫の『一般言語学講義』の邦訳が適切かどうか、(3) 丸山圭三郎自身はソシュールの「原資料」にあたったのだとしても、丸山の著書の解釈だけを信じてソシュールを論じてもいいのか、(4) 前田英樹ソシュールの講義録の一部を訳しているがそれは本当にごく一部だからそれだけではソシュールの考えは窺えないのではないのか。

「往復書簡」はメルロ=ポンティフーコーソシュールを巡って混乱しています。そのことについて自分の考えを述べます。

まず、メルロ=ポンティソシュールを読んでいます。『世界の散文』の「表現の科学と表現の経験」、p.41以下です。『意味と無意味』、『シーニュ』、『言語と自然』は私は所有しておらず、図書館で借りてこなければなりませんが、確認が必要です。それから、『眼と精神』の「人間の科学と現象学」、p.76-77でフッサールソシュールを対比しています。それから加賀野井秀一が『メルロ=ポンティと言語』を書いているのは以前紹介しました。私はそういう具体的なテキスト、具体的な議論を丁寧に検討しないならば空論だと思います。

ソシュールメルロ=ポンティの関係を考えるということは、こういうことがジャズと関係があるかどうか知りませんが、ラングとパロールの関係を考えるということです。ドゥルーズ『意味の論理学』の「第3のセリー:命題について」(あの本でこの箇所だけ吟味すればいいです)を熟読しても分かりますが、ラングとパロールのいずれが最終的、究極的な根拠であるのかをいうことはできません。ラングが個々人を超えた社会的実在だとしても、話す存在、語る主体、要するに個々の人間がいなければ、言語そのものも存在しているとはいえないからです。言語そのものが人間を離れて自律的に存在するのだと考えてしまうならば、神秘主義になってしまいます。人間がいなくても、言語それ自体が自動的に意味を生産し生成するのだというような考えになります。私自身はそういう意見に賛成できません。

それから、私自身がそれほどソシュールを知りませんから、今後あなたがたと一緒にゆっくり時間を掛けて理解していこうと思っていますが、ソシュールを読むことがいろいろな意味で困難であるのは、上で述べた(1) (2) (3) (4)から明白です。私は前田英樹が訳した『ソシュール講義録注解』を持っていますが、この薄い本は恐らくソシュールのやった講義のごく一部なのでしょうから、これだけでソシュールを考えてしまっていいのかどうか分かりません。

さらに、フーコーを持ち出せば困難はさらに増大します。彼が厳密にみえても疑わしい場合がかなりあります。彼の著作のいたるところに余り合理的な根拠があるとは思えない断言や主張がありますが、一つだけ挙げれば、『言葉と物』が文化人類学民族学)と精神分析学に特権的な位置を与えているのは恣意的です。当時、レヴィ=ストロースラカンがいた、という以外の理由があるとは思えません。

『知の考古学』についていえば、私が知る限り、『知の考古学』の方法論に依拠している哲学者、科学史家、社会学者等は、世界中に一人も存在しません。フーコーから影響されたという人々の多くは彼の権力論、社会分析にしか興味がないし、さらに狭く、イタリアの哲学者達(ネグリヴィルノアガンベン)にとってフーコーの思想は「生政治」ですが、でもフーコーの著作のなかで「生政治」「生権力」が言及されるのは『知への意志』でただ一度、それも僅か半ページだけです。

人々が『知の考古学』の方法を何にでも適用できないのには恐らく理由があります。難解だし複雑過ぎるから使えないということもあるでしょう。それに内在的な問題もあります。フーコーは、言表、言説、言説の編成、言説編成の諸規則、戦略、戦術などという用語や概念枠組みで考えますが、「言表」を定義するのに相当苦労しています。彼は英米哲学を参照しながら、言表は論理学の命題ではない、とか、日常言語学派(オースティン、サール)のいう言語行為でもない、とかあれこれいいますが、積極的にいうのは非常に困難です。最終的に”qwerty”のようなものが言表だという結論に到達します。後藤さんもパソコンで書いておられるでしょうから、キーボードを見ればすぐに分かりますが、キーがその順序で並んでいます。それには意味はありませんが、けれどもそうなっているというのは否定できない事実です。彼は自分の「言表」という概念が、例えばそのようなものだと考えました。けれどもそういう議論に普遍性があるかどうか分かりませんし、言表は稀少なものだというのがフーコーの意見ですが、その妥当性も慎重に吟味する必要があるでしょう。

フーコーは当然ソシュールを読んでいたでしょうし、『言葉と物』で言及していたはずですが、けれども彼はソシュール言語学のなかに立ち入るということを原理的に拒否します。ありとあらゆる科学的(学問的)言説を、それが真か偽かというような判断を宙吊りにして探査するのだというのがフーコーですから、ソシュール言語学も、経験諸科学、人間諸科学の一つである言語学の言説の任意の一つとして扱われただけです。そういう事情で、フーコーソシュールの思想に賛成だったかどうかは最終的に分かりません。ソシュールのいうラングが、フーコーのいうエピステーメーに相当するのではないかというようなことは昔からいわれますが、けれども既にソシュール自身において困難でしたが、そのように考えるならば、ラングが何故、どのように変わるのかを理解するのが非常に難しくなります。フーコーにおいては、或るエピステーメーが別のエピステーメーに移っていくというようなことが問題だったはずです。『狂気の歴史』、『臨床医学の誕生』、『言葉と物』、『監獄の誕生』、全部そうです。後藤さんがそれを「フーコー的切断面」と捉えても適切なのでしょうが、以前申し上げましたように、どうして自分の経験可能な範囲を超えたことが理解できるのかというようなことには慎重でなければなりません。

デリダフーコーや同時代の人々が簡単に現象学を放棄してしまったことに疑問でした。特にフッサール現象学をもう少し内在的に吟味しなければならないのではないのか、というのが初期のデリダの一貫した主張でした。構造主義者達は、それがカント的なものであれフッサール的なものであれ、「超越論的(先験的)主体」なしでやれると考えました。ですから、当時、構造主義は「超越論的主体なしのカント主義」であるなどと評されたりもしました。けれども、超越論的(先験的)主体とか、或いは後藤さんが親しんでおられるメルロ=ポンティの言葉でいえば、その「体験」を簡単に放棄してしまえるのかどうか分かりません。

フーコー自身の出発点はビンスヴァンガーの現存在分析の支持者としてですから、当然、現象学的だったのです。彼が現象学を離れ現象学に批判的になったのは、「体験」を重視する現象学に依拠していては、狂気の「歴史」は書けないと考えたからです。『狂気の歴史』ではまだ、エピステーメーという用語は使っていませんが、仮に現在の我々がそのなかにいるエピステーメーがあるとしましょう。経験を辿っていきますと、その経験可能な限界を超えてしまい、別のエピステーメーがあることになります。歴史家としてのフーコーはそれを記述しなければなりませんから、現象学を放棄しましたが、けれどもどういう正当な根拠があってそうできるのかはよく吟味する必要があります。

フーコーの思想には複数の源泉がありますが、その一つはフランス独自の科学哲学である科学認識論=エピステモロジーです(バシュラール、カンギレムの伝統)。フーコーはカンギレムの弟子でした。ですから、科学の歴史、学問の歴史を書くことができるのならば、複数の異なるエピステーメーも記述できるはずだし、それは現象学の限界を超えることになるのだという考えだったのでしょう。けれども、幾つかの理由でそういうことにも慎重である必要があります。

第一に、科学史や科学哲学としてフランスの科学認識論は非常にマイナーですので、そういうものに依拠するのが妥当なのかどうか分かりません。ポパー、クーン、ファイヤアーベントなど英米の科学哲学を参照するのが普通です。例えばクーンの『科学革命の構造』には「パラダイム」という概念がありましたし、クーンは「パラダイム・チェンジ(パラダイム転換)」も考えていたわけです。フーコーが、彼のいうエピステーメーが激変することがあるのだというならば、クーンらの主張も吟味してみるのが当然でしたが、彼はそうしていません。彼は彼自らが属する特殊フランス的な伝統である科学認識論に依拠していただけです。

第二に、例えばバシュラールが吟味したのは物理学ですし、カンギレムにとっての問題は生物学でした。けれども、フーコーが取り扱ったのが、それらに比べて精密でも厳密でもないような諸科学(学問)だったことに注意すべきです。フーコーは、『狂気の歴史』が取り扱った精神医学、精神病理学にまともな学問的内容などまるでないと考えていました(『わたしは花火師です』ちくま学芸文庫)。彼にとっての問題は、そういう科学的、学問的内容のないものが、どうして権力を持っているのか、ということでした。『臨床医学の誕生』が扱った臨床医学にしても、精神医学よりは多少科学的、学問的かもしれませんが、でも物理学や生物学に比べるとそうではありません。『言葉と物』が対象にしたようなもろもろの人間諸科学は、精神医学や臨床医学よりは科学的、学問的ですが(例えば、経済学や言語学が学問としてまともではないなどとはいえないでしょう)、やはりフーコーの関心事はそれらの諸科学が真であるか、妥当であるかというようなことではなく、それらの科学の真偽、妥当性を留保して、その言説を探査し、その条件を吟味するというようなことでした。『監獄の誕生』が検討しているのは科学(学問)ですらありません。具体的な社会実践(監禁)の問題です。『知への意志』が問題視する「性の科学」は、精神医学以上にまともな学問的内容はないでしょう。

このように検討しますと、フーコーの著作は厳密とか絶対確実とかいうものではなく、それが成立するのかどうかよく吟味検討したほうがいいようなものだということが分かります。フーコー自身、性急に結論を求めたがる人々に、少し個々の科学史を参照してみてくれ、といっています。言語学なら言語学、経済学なら経済学、生物学なら生物学の歴史を少し見ますと、特定の時期に理論的な考えの枠組みが変わってしまうというようなことが観察されるでしょう(でもそのようにいう私は、別に科学にくわしいわけではありませんから、自分のいうことにそれほど自信があるわけでもありません)。けれども、経験可能な範囲を超えた事柄の「知」がどういう根拠で成立するのかという問題は残りますし、そこが現象学を本当に放棄してしまっていいのかという問題の要です。後藤さんの問いに関連づけますと、もし本当に「フーコー的切断面」があるのだと仮定しますと、切断以前、或いは切断以降、つまり、我々の経験可能な限界の向こう側は原理的に知り得ないはずです。そういうものを想定するならば、どうしてそれらのものを認識できるのか分かりません。それはもし、後藤さんがフッサールメルロ=ポンティ現象学を放棄するならば、という話です。ちなみにそれは、後期ハイデガーでも同じです。彼は「現存在(Dasein)の現(Da)という開けを存在(Sein)への通路とする」いまだ現象学的であった『存在と時間』を完成させることができず放棄しましたが、そういう彼がどうして「存在の歴史」「技術(テクネー)の命運」などを知ることができるのか、少なくとも私には分かりません。幾らハイデガー人間主義を拒否するといっても、現存在というのは結局人間のことです。そうであるならば、人間から出発するのをやめ、現象学的方法を放棄した後期ハイデガーがどうして「存在」を理解、了解できるのかが分かりません。彼はヘルダーリンなどの詩人の詩作的言に依拠しますが、私はヘルダーリンであれリルケであれ誰であれ、詩人の言葉に最終的に依拠してしまうならば、それは合理的な根拠がないということだと考えます。

とりあえず今日考えたのはここまでですが、こういうことがジャズに関係あるかどうかということは私自身には分かりません。私がいえるのは、誰のどのような理論を使おうとその吟味には慎重でなければならないのだということです。その意味で思想は真剣でなければならず、「知的遊戯」であってはなりません。ハイデガーラカンから『エクリ』を献本されたとき、弟子のボスという精神病理学者に手紙を書き、「所詮こんなものは狭いパリの知的遊戯、流行現象に過ぎない」と吐き捨てるように書きました(木村敏が訳してみすず書房に入っている『ツァリコーン・ゼミナール』に入っています)。客観的、公平にいって、ラカンに限らずいわゆるフランス現代思想ハイデガーから「知的遊戯」と罵倒されても致し方ないようなものでした(日本の「ニューアカ」も同じです)。そのハイデガーがフランス思想で唯一、「真の思想家」であると高く評価したのが、後藤さんが親しんでおられるメルロ=ポンティであるということは言い添えておく必要があります。ドゥルーズを20年間読み続けてきた私も同意見です。

その観点からcom-postの「往復書簡」を読みますと、私にはmiyaさんが展開されている意見がまるで理解できません。私の頭が悪いからだけではないはずです。率直にいって、後藤さんにはmiyaさんのいっている内容を合理的に理解することができるのでしょうか。もし今後、com-postの「往復書簡」を展開していくのであれば、そういうことも熟慮したほうがいいはずです。

最後になりますが、私自身もウィントン・ケリーバリー・ハリスジャッキー・マクリーンは大好きです。特にケリーは最近も毎日のようによく聴きました。『黒い瞳』というコンピレーションです。非常に体調不良で、それしか聴くことができなかったのです。けれどもケリーを繰り返し聴いていて、私はとても幸せでした。