バド・パウエル&ドン・バイアス / キャノンボールに捧ぐ

この盤で自分的に聴きものだなあと思うのが、冒頭、第一曲目の「ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス」。コール・ポーターの曲だが、私は、「ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングスおたく」なのである。この曲が好きで好きで、いろいろな演奏を(といってもその幅は大したことないのだが)聴き比べている。

まず、この世に二つとないと断言できる素晴らしい演奏は、バド・パウエルのヴァーヴ盤『ザ・ジニアス・オブ・バド・パウエル』に収められたソロ演奏。超絶技巧が駆使され、鋭さも輝きもあり、これを聴かずには死ねない、といったものだ。
他方、パウエル最後のアルバムとなった『リターン・オブ・バド・パウエル』では、聴いたら思わず絶句してしまうほどボロボロな演奏が展開されている。指は縺れ、ミスタッチは多く、テンポものろく、良いところが一つもない。なのに、何故か、魅力だけはある。
そういえば、バード=チャーリー・パーカーの最後のアルバムもコール・ポーター集で、「これまでの功績を全て無に帰した」と酷評されるほど酷い出来だと言われているのだが、確かに、「ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス」の演奏の途中で、アドリブが止まってしまう。パーカーにあって、そんなことはかつてなかったのは事実だ。だからこれが、死を予感させるものだというのも、言えるように思うし、だから世間的には駄盤と言われるこれも、私は好むのだ。
パウエルの『リターン』も同じで、ヨーロッパ生活からアメリカへ帰郷して、栄養失調という痛ましい死を遂げる彼の人生の最後が、このぼろぼろの「ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス」に集約されている、そんな感じなのだ。
そして、ヨーロッパで録音された『キャノンボールに捧ぐ』に収められた「ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス」は佳演である。『ジニアス』程神がかり的天才ではないが、『リターン』ほどぼろぼろではない。
ちなみに、アート・テイタムも、『ジ・アート・テイタム・トリオ』の冒頭で「ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス」を演奏しており、こちらも余裕ある名演で、聴く者の心を打つ。