隠喩としての建築

定本 柄谷行人集〈2〉隠喩としての建築

定本 柄谷行人集〈2〉隠喩としての建築

優れた思考の跡を追うと、自分も頭脳明晰になったような錯覚を起こすが、そんなことはあり得ない。優れているのは著者であり、読者ではない。しかし、透徹した思考だと感嘆する。