三十五歳パートタイマー やれることがない その3(二千十年二月十四日日曜日、攝津正)

杉田俊介が言うように、フリーター(になった自分)に自己責任が全くないとは言えない。大学卒業時に就職活動をしなかった自分、安易に大学院に進学し研究者になろうとした自分、その選択ミスは己の責任だ。だが、二十二歳の時の判断ミスのせいで、一生低賃金で長時間労働しなければならないのか。世の中では三十五歳限界説なども囁かれているが、私は丁度その三十五歳になるところである。もう限界か? 転職も無理なのか? 一生今の暮らしのままか? 転落することはあっても上昇することはない? …などと考えていると、憂鬱になる。理性は今の生活を続けよと忠告するが、情念が反逆する。今のままでは厭だと。それが私の神経症適応障害(?)の根本的な原因である。哲学者・作家・音楽家になれなかった、少なくともそれで食っていけるようにはならなかったことのツケが、肉体労働・単純作業(倉庫内作業)の延々たる継続というかたちで回ってくる。それを担わねばならぬ、堪えねばならぬ。キツい。苦しい。だが、仕事を辞めてしまうわけにもいかぬ。住宅ローンや借金を返し終えるまでは、石に齧り付いてでも働き続けねばならぬ。退職や転職はその先の話だ。
だがその義務、強制を思うと気が遠くなる。本当に気分が悪くなる。自分の人生が恐ろしい。勿論、もっと苦しい人、もっと大変な人が幾らでもいるというのも端的に事実である。例えば私は野宿者になることはできぬ。彼・彼女らは私とは比較にならぬほど大変だろうと思う。精神障害といっても私のように軽いものではなく、統合失調症など重度のものであればもっと生きるのが苦しいだろう。そう思うと、私の悩みなどは贅沢病、甘えでしかないようにも思える。自己責任論者が正しいようにも思えてくる。【未完】