『生きる』-19

攝津はその日も八時間肉体労働して帰って来た。途中早退したい気持になったが、あるやなしやの誇りが傷付けられるのを恐れて最後迄働いた。
自分が鎌田さんからの「寄稿要求」に応諾して下らぬ論文まがいの物を書いたのは間違いだった、と攝津は考えた。寄稿要求への応諾は、下らぬ虚栄心と俗物根性からに過ぎなかった。『Q-NAM問題』連作を書いていた間も、攝津は依存先を柄谷さんや柳原さんから鎌田さんや西部さんに変えただけで、一切自己の主体性が無いという致命的な欠陥を脱せなかった。攝津は鎌田さんや西部さんが言う事を鸚鵡返しにするだけのロボットだった。自己が無い、これが攝津の宿痾だった。自分が無いから機械的に反復する事を繰り返す。他者から操られる。但し、暴走して壊れてしまうのは操作者の想定外だ。