無題2

柳原敏夫=朽木水の楽天的見通しが外れた例は他にもある。京都会議直後のamour-qというMLで、倉数茂が、柄谷行人がQを破壊するのではないかと懸念を表明した時、柳原は「柄谷行人は強情な自由主義者なので心配は要りませぬ」みたいなことを返信したのだ。ところがその後の展開は、「心配は要りませぬ」どころじゃなかったわけだ。言葉の暴力が無際限に展開されていった。

言葉の暴力といえば、鎌田哲哉が罵倒して、Q管理運営委員やQ監査委員が次々に辞任している。今Q管理運営委員は宮地・松原だけだ。それも悲惨なことで、二人しか運営側がいないのに運営などできるのか? そういう事態を招いた責任は誰にあるのか? 鎌田は伊丹さん、三木さん、石黒さんらを罵倒して辞めさせている。が、それは悪い意味での批評家根性だ。文芸批評の原理を現実なり運動に適用すべきではない。何故そんな自明のことが分からないのか。

それに「重力」にせよ、当初杉田・大澤らとやるはずが、彼らと決裂した。西部忠とも僕とも決裂した。そういう罵倒体質が鎌田には確かにあるのだ。柄谷行人がNAMの独裁者だというなら、鎌田哲哉はQと「重力」の独裁者ではないのか。

まあこれら全てが、相対的には卑小な話なんだろうが。