情報公開に大賛成

鎌田哲哉さんの指摘のなかでわたしが同意するのは以下の部分。

だが、私達がある運動を長く続ける限り、都合の悪い情報を一切隠してとんずらする態度も、自分の怨恨を晴らすために都合のいい個所だけを暴露する態度も、全く問題になりません。
私達Q監査委員会は、情報公開に関して全く別個の公正な基準が存在する、少なくともそれを追求すべきである、と考えます。対象資料については追って連絡しますが、この「公正」の確立こそ、運動を持続させ、その行方を絶えず吟味し、再検討するための根本的な条件なのです。

(中略)

私見によれば、今後のQ監査委員会の試みは、過去をリセットするだけで公開的に総括しない者には未来も全く存在しないことを示す作業、「怒り」と「私怨」がどこまでも異なるように、「記録」が歴史の「偽造」とは全く異なることを明確にする作業になるでしょう。

わたしはNAMも全過去ログをパブリックにすべきだと主張してきたが、その訴えは、NAM資産管理委員会からは一顧だにされなかった。
その理由は、定款と、運営委員の構成を見れば一目瞭然だ。
裁判も考えたが断念したのは、いまは世界戦争とイラクへの自衛隊派兵に反対すべきときであり、先の全く見えない内紛を続けるべきときではないと判断したからであって、NAM資産管理委員会の判断を追認したからではまったくない。
また、感情転移を否定しないことは、柄谷行人さんにどこまでも抜本的についていくということを意味しない。
そのような「抜本的」な態度をとったのは、むしろ、感情転移を口先だけで否定していたような人たちのほうだ。
わたしはそのような人たちをも、あらんかぎりの力を込めて攻撃してきた。
それは上記2つの掲示板記事を読んでいただければわかるはずだ。
わたしは真実と原則を擁護しようと、その状況ごとにできるだけの努力をしてきたつもりだ。
しかし結果を出せなかったのは事実であり、NAMが情報公開においてQに遅れをとり、故に総括が不可能になったというのもまた事実というほかない。
それはわたしの責任ではなく、一切の問題提起や要望を無視したNAM資産管理委員会の責任だ。