三人組と植民地。関係の絶対性と想像上の同一化。

Facebookでごく簡単にスケッチしたが、サルトルメルロ=ポンティカミュはかつて「三人組」と呼ばれた。戦後の実存主義の時代だが、しかし、彼等三人には思想においても政治的なポジションにおいても違いがある。サルトルは戦後は、まず共産党に同伴し、後に毛沢東主義者と行動を共にしたが、それらと「同じ」ではないが、「同伴者」となる道を選択したのである。他方、メルロ=ポンティは当初、最も繊細な(別に表現だったかもしれないが)スターリニストとも評されたような左翼的ロジックを展開していたが、後にサルトルを「ウルトラ・ボルシェヴィキ」と批判して訣別する。カミュはといえば、立憲主義的な自由主義=民主主義の支持者である。

さて、思想と政治は或るところまでは対応しているが、サルトル的な、『存在と無』から晩年の『弁証法的理性批判』に至るまで持続された思索。他方、メルロ=ポンティは想像力よりは知覚/行動に定位し、アンビバレンツ(両価性)ではなくアンビギュイティ(曖昧さ)を重視する。カミュの不条理/反抗は、極めて誠実なヒューマニズムを含意している。

そこで僕が申し上げたかったのは、Facebookで指摘したのは、彼等三人の同調・同期も後の葛藤や訣別も、50−60年代のフランスの政治、例えば、アルジェリア問題、植民地主義へとその批判に関係していたのではないか、ということである。現代のダバシ教授のシャリアーティ論などはそれを批判するが、「政治的」サルトルの倫理とファノンに関連があったことは事実である。フランスに支配されていたアルジェリアの人民が革命的に抵抗/解放闘争に立ち上がり、その過程で暴力に訴えたとしても受け入れるべきだ、ということだが。他方、カミュは、フランスの暴力もアルジェリア人側のテロも容認できなかったようだが、それは、サルトル側の人間、例えばボーヴォワールからブルジョア的とかアメリカ側だなどとイデオロギー的に非難されてしまったとのことである。メルロ=ポンティは、『シーニュ』に入っていたと思うが、当時のフランスの植民地支配を支持するとも受け止める文章を書いていたと思う。

サルトルの政治的な過激主義に疑問を持つ人が多いのは当たり前だし、僕もそうだが、しかし上述の難しい問題との関連があったはずなのである。そして、我々日本人も無関係ではないのは、とりわけ近代における、そして現在まで継続している朝鮮の問題と関連しているからである。また、3.11以降は、福島(一部のラディカル左翼はフクシマとカタカナ書きする)を植民地だとみなす言説と、bcxxxさんらのそれを批判する意見がある。それについて僕が申し上げたいのは、関係の絶対性(これは吉本隆明の表現だ)及び、一見そうであるかにみえてそれとは全く異質な想像上の同一化の倒錯という問題があるということである。

現実の(戦前戦中の)韓国・朝鮮の植民地支配や中国などアジア諸国への帝国主義的な侵略、そこにおいて生じてきた反撥や敵対関係や対抗・対立は現実的なものである。リアルな支配/従属関係、そして抵抗である。他方、福島が植民地であるとか、ありとあらゆる拡大解釈はどうなのか。また、自分が差別されたり支配されている当事者ともいえないのに、どんなことについても介入しようとする人々はどうなのか? 彼等の振る舞いは果たして、政治的であるとか倫理的であるなどといえるのか? むしろ、現実の地盤、関係の絶対性とか客観性、或いは直接性という基盤を欠いた空想的で倒錯的な倫理、《倫理過剰》、過剰倫理なのではないか? あなたがおっしゃる《そこ》に果たして政治的な、または倫理的な問題はあるのか?

ということをどうしても思わざるを得ないのである。