Phineas Newborn "I've Something To Say" - 遺作

Phineas Newborn,Jr.の遺作となった"I've Something To Say"(サムシング・トゥ・セイ)を昨日、聴いた。
僕が買った一枚が最後の一枚だったようで、もう入手不可能なようだが、大pianistの遺作が入手不可能、ないし困難というのはとても残念に思う。
で、聴いた印象だが…。
Phineasの他のアルバムにも感じるのだが、聴いていて辛い、というか、「痛々しい」感じがする。
Phineasは生涯にわたって「完璧」なjazz pianistだったと書いたが、訂正しなければならないかもしれない。
Phineasは何度も、結婚生活の破綻をきっかけにしたアルコール依存症精神疾患で活動休止を余義なくされているが、何度か「復活」している。しかし、倒れてまた復活するたびに、衰えは隠せない。しかしPhineasはそれでも完璧なピアニズム、完璧なテクニックを披露しようとする。しかし、'50年代のようにはいかない。
そこから、聴いていて辛いとか、痛々しいといった印象が出てくるのだと思う。
もっと寛いだpianistなり、「完璧」を求めないpianistだったら、そんなことはなかったと思うのだが…。
だが、生涯完璧でいるというのは難しいと思う。
例えば長生きしたOscar Petersonにしても、脳溢血で倒れて再起して以降は左手が不自由になり、Benny Greenなどもう一人のpianistと共演するなどしてその不自由を補っていた。Oscarの場合脳溢血、Phineasの場合精神疾患という違いはあるが、病いを経て若い頃や全盛期と同じでいられなくなるというのは誰にでもあり得るのだ。
そういえば、本田竹曠にしても、脳溢血で倒れて復帰、再起したが、やがて亡くなってしまったのだった。
楽家の人生というものを考えてしまう。