正岡子規、与謝野晶子
- その子二十櫛に流るる黒髪のおごりの春の美くしきかな
晩年の与謝野晶子は「みだれ髪」(乱れ髪)などの初期を「嘘の時代」と呼んで否定している。しかし、通俗的で凡庸で素人の僕が今、惹かれるのはやはり「みだれ髪」の世界である。
上の歌は、与謝野晶子自選の『与謝野晶子歌集』(岩波文庫)の冒頭を飾る歌だが、なんとも「美くしき」調べではないか。一回読んだら(聞いたら)忘れ得ない芳香がある。ロマン的な歌である。
ところで今、書こうと思ったのは短歌の話ではなく、『定本与謝野晶子全集第一巻』の月報に与謝野晶子の子供(息子か娘かはわからない)の与謝野光が書いている「母の絵」という文章で紹介されているエピソードである。
与謝野晶子は絵(油絵)も描いていた。そして二科会に出したいと思ったが、落選。そのときの話である。
日ならずして有島先生が家に見えて、母に、「奥さん、今後決して絵を展覧会に出す様な事はなすいますな。貴女の短歌の優れた才能と較べて、あの絵はあまりにもかけ離れていて、貴女の名をけがす許りですから」と忠告されました。
二科会の先生方が如何に芸術の尊厳を守り公私をはっきり区別されて居たかが、よく判り、以後は決して出品すると申しませんでした。後に女流画家の集りが出来て、頼まれて朱葉会と母は命名したとの事ですが、此処へも出品はしなかった様です。
僕がこれを読んで思ったのは、文学者、哲学者などが美術や音楽など他領域の芸術に手を出してはいけないのだろうかということである。というのは、晩年のウィリアム・バロウズやジル・ドゥルーズが絵を描くことを楽しみとしており、ドゥルーズなどは、もう本は書かない、これからは絵を描いて暮らす、と言っていたくらいである。そういうのも別に、いいんじゃない?と僕などは思うのである。
もう一つは、素人が文芸、美術などの芸術に手を出してはいけないのかということである。勿論優れた歌や句とそうでない歌や句という区別はあるだろうが、日本語使用者には、膨大な数の短歌や俳句の無名の作者、生活人の作者がいる。僕はそれでいいと思っているが、どうなのだろうということだ。
『子規全集第七巻』(アルス)p25に、伊藤博文の詩を批判したくだりがある。明治29年連載開始の『松蘿玉液』におさめられている。
「○利口なやうで愚 なのは伊藤候なり。」と書き始め、「(略)其の時衆客に示されたる候の詩は體を失し且つから威張りに威張りたる如く感ぜらる。」と断じる。子規は続けて、「候にして若し威張る意ありて作られしならばなかなかにめでたけれども、恐らくは候は謙遜の意にて作りたるなるべきか、候の詩律に精しからぬため斯く聞ゆるならんか。是れ利口なやうで愚な處なり。詩に精しからずと知らば利口な人は詩を作らざるべし。縦し作りても人に示さざるべし。縦し人に示すともそは十分に専門詩家の意見を聞きて後のことなるべし。候の側に侍る詩家は詩人として立派なる技倆を有すれども候を諌むるの○(注──変換できる漢字なし)力無く、遂に候をして思はぬ恥を掻かしむるに至る。由来候の幕下には才子多くして侃々諤々の士無し。是れ一大缺點なり。」と言う。
まあ確かに、伊藤博文の詩は下らない、つまらないものだったのだろうと推察する。今も政治家が漢詩など文芸を好むのと同じ旦那芸である。
が、それでいけないのか? 文芸の、詩の門外漢は詩を作ったり、公表すべきではないのか? 或いは詩作やその公表にあたって、「そは十分に専門詩家の意見を聞きて後のことなるべし」なのか? 僕はそうは思わない。
僕は、素人だろうと門外漢だろうとなんだろうと、好きなものを好きなように書けば(描けば、弾けばetc.)良いと思う。恥じることはないと思う。僕個人の意見だが、少なくとも僕はそうしている。書き、描き、弾き…等のことで誰に遠慮もしていない。それでいいじゃん、と思う。
明治の昔と今とでは考え方も変わってきているとは思うが、そのようなことを思った。
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