読了
- 作者: 岡田斗司夫
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2011/02/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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基本的に面白いと思います。ただ、留保があります。どんな形態の社会であれ、最低限の生存を担保するための「実質」経済があり、それは社会の価値観なり考え方がどう変わろうと不変だということです。例えば、我々は食事を摂らずに生きることはできません。また、持ち家か借家かという違いはあれ、住むところも必要でしょう。他にもあるはずです。
そういう最低限の「実質」経済のうえに、貨幣経済であれ評価経済であれ、が乗っかっている、と思います。人間が生存・生活できるのならば、貨幣でなく評価の社会でも構わないわけです。ただ、事はそんなに簡単ではないとも思います。
岡田斗司夫は経営学者のドラッカーや未来学者のトフラーらの、労働が「知識労働」へとシフトするという予測を前提にしています。その予測は部分的には正しいにせよ、そのシフトは漸進的ですし、留保や限界もある、ということを認識する必要があるでしょう。
日本全体であれ、世界全体であれ、知識労働の職に就ける人の数は限られているでしょう。他方、どんなに社会が高度になっても、単純作業に従事せざるを得ない人も一定数いるはずです。また、人間がものを食べずには生存できないものである以上、第一次産業に従事する人も一定数、必ず必要なはずです。
知識労働、知的労働へのシフトという論点は、ドラッカーやトフラーなどばかりでなく、ネグリ=ハートやパオロ・ヴィルノら左翼の学者や活動家にも共有されています。しかし、未来や現在は、それほど薔薇色ではない、というのが私の認識です。誰もがクリエイティヴな仕事に就けるわけではないし、例えば今原発で被曝しながら労働している人のような、「人のやりたくない仕事」をやらざるを得ない底辺の労働者もいる。「個々人がやりたいこと」と「社会が必要とすること」の齟齬は残り続けるでしょう。
簡単ですが、私の感想でした。