「人間」概念と社会構築主義
Twitter上で或る人とちょっとした議論になった。その人は、種族帰属も「自認」による、例えば狼に育てられた少女は自らを「人間」と自認しない、などと議論していたので、私が介入して、次のように述べた。
初めて超越的な本質という概念(プラトン、アリストテレス以来の)を覆したのはダーウィンの進化論であり、それは何によってかということは当時の科学水準では明らかに出来なかったが、種そのものが変わることを明らかにした。細かく言えば、個体が変異し、自然淘汰・自然選択(=環境の作用)を経て一定方向に「進化」する。現在は、遺伝子レヴェルでの突然変異と環境との相互作用ということで進化を考えるのが一般的だと思われる。
一切は文化的、社会的な構築物であると論じることは、他方にある自然的な基盤を見失うことであるのではないか、と私は言った。
それに対して、私の議論相手は、自分は、種族について、生物的なものと自認を分けていると答えた。私は分かったと言い、議論は一旦終わった。
しかし、よく考えてみたら、話はもっとややこしい。
例えば「人間」という時、幾つかのレヴェルを分けて考えねばならないのである。
一つは生物種としての人間であり、その自然的ありようは遺伝子(DNA)によって規定される。
もう一つは学問的概念としての人間であり、カントがそれを開き(『人間学』)、ニーチェがそれを閉じる(「超人」)。後者の「人間」概念は歴史、文化特定的であり、一定の起源と終末を持つ。『言葉と物』でミシェル・フーコーが論じたのは、近代に見出された、「生きている主体」「働く主体」「語る主体」として定義される「人間」概念の限界画定だった。それが「人間の死」として喧伝されたところのものである。近代西欧が描き出した人間の理念は、砂浜に描かれた顔のように消え去るだろう、というのである。
パオロ・ヴィルノの『ポストフォーディズムの資本主義―社会科学と「ヒューマン・ネイチャー」』(人文書院、2008)は、チョムスキーとフーコーの論争を吟味することで、人間に生得的な要素が本当に無いのかどうかを吟味する。ヴィルノの答えは、人間は(他の動植物と違い)特定的な環境を持たない点が特異であるというものだった。言い換えれば、可変的で適応的ということで、その意味でポスト・フォーディズムによって見出されたマルチチュードは、人間の本質、固定された本質が無いという本質(一見逆説的だが)を十全に開花させたものと言うことができる。
ジュディス・バトラーも『ジェンダー・トラブル』を反省的に吟味した"Bodies That Matter"を出版しており、その概要は以下で見ることができる。http://www.geocities.jp/kawasakisoichi2004/butlertrouble.html
バトラーの議論は難解だが、「身体」を前景化し再検討したと言うことができる。
分かり易い別の議論で言えば、私と議論した人が主張しているように、ありとあらゆるもの、性、民族、国家、種族等が全て「自認」なのか、と問うことができる。国家や民族については、吉本隆明『共同幻想論』、ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』、柄谷行人『トランスクリティーク』等でその幻想性(といっても単に考えられたものとか、すぐ消えるものとかでなく、根深く執拗に持続するものである)を指摘している。例えば、私が日本国の国民であるとか、千葉県の県民であるとか、船橋市の市民であるとかいう要素は、単なる観念ではなく、言葉だけで乗り越え難い何かを有している。せいぜい「在日日本人」などと言えるだけだ。私は「男性性」も越え難い・棄却困難なものとして意識している。ひびのまことは、誰でも望めばトランスジェンダーになれると語ったが、事態はもう少し複雑なようである。
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