抵抗権

映画祭に行く予定はなく、リング会員の方からメガホンを
受け取るために早稲田のキャンパスに行ったのですが、
そこで本当に偶然、この22世紀映画祭に行き合わせ、
多くの知人もそこにいて、そのまま映画を観ることになりましたが、
フィリピンについて知らなかった多くの事実を知ることができ、
且つまた、「構造的」な暴力、グローバル化した多国籍企業
アメリカに隷属した開発独裁国家とが結託しての暴力に対しては、
「対抗暴力」──いっぱんにテロリズムとレッテル貼りされる──以外の
声のあげ方はないのだろうか、など多くのことを考えさせられました。

http://give-peace-a-chance.jp/movie22/


映画でも憲法に規定されている「抵抗権」への言及がありましたが、「抵抗権」
の思想について詳しくは
http://www.eris.ais.ne.jp/~fralippo/demo/basis/index.html
憲法基本参考文献」でも紹介している、
宮沢俊義憲法 II』有斐閣、初版1959年
を参照してください。
(この文献の存在は知人の弁護士のYさんのご教示で知りました。記して深く感
謝いたします。)

わたしは映画の悲惨な映像の連続を観ながら、日本国憲法のいう戦争の放棄、戦
力の不保持とともに「平和的生存権」という基本的人権の大切さを痛感しまし
た。国家によって「平和的生存権」がおびやかされるときに「抵抗権」の実践が
要請されるのだと思いました。

フィリピンのできごとは対岸の火事ではない、日本でも戦争参加の道がひらかれ
ているいま、「抵抗権」の思想と実践の重要性は高まる一方だと思います。イラ
クに自衛隊が派兵され、日本で「テロ」と呼ばれる事件がひとつふたつ起き、世
論が一気に組み替えられようとするとき、それに抵抗し得る根拠が何かあるとす
ればそれはほかならぬ「抵抗権」だと思いました。