断章

玉抜き竿切り!と脳内で叫んでみたりして。
想像力で東南アジアに旅し、現地の少年を捕まえて去勢する。そういう幻想に耽った。植民地主義的で非倫理的な、冒涜的な幻想。サディスティックな。
殺人未遂罪だ。
宦官制度に萌える。それも中国の宦官よりもアラブ世界の宦官やギリシャ・ローマの去勢者らに。
官僚にするためにではなく、性の快楽のために少年を去勢した文明に栄えあれ。
去勢ネタで1000枚書こうと思っていたが、ネタ切れ。

宦官や去勢について徒然、書いてみようと思う。
中国の宦官は宮廷に仕える官僚を作るためのもので、同性愛とは関係ないとされている。ところが宦官の特産地とされた福建省では、男色が盛んであった。宦官と同性愛は密やかな繋がりがあるのではないだろうか?

唐突だが『パタリロ!』のタマネギ部隊を思い出す。美少年しか入隊できないという国王側近の組織は、去勢していなかったとしても、宦官集団に近かったのではないか。事実、タマネギ達が宦官話で盛り上がる場面も描かれていたし…。
パタリロ!』の世界は同性愛のほうが普遍的であるような世界である。
私は『パタリロ!』を愛する。小難しげな哲学書や文学書よりも、『パタリロ!』や『風と木の詩』の世界に浸っていたい。それが私のささやかな夢である。二次元萌え? そうかもしれない。
私にとっての理想の美少年とはマライヒであり、ジルベールである。
現実の青少年ではあり得なかった。
だから性的に適応できなかった。
現実の同性愛というものに。

「妄想家」なのだ。要するに。
同性愛者というより、同性愛妄想家。
漫画の世界の住人。

いつの日か望むような性関係を得られるのではないかという淡い期待を抱いているが、余りの低収入、無理だろう。
性的出会いも経済的豊かさによるのだ。
貧しいものは出会いも乏しい。

しかしパキシル! 嗚呼! この薬のせいで、性的不能! もはや勃起することもない。不能な性器。無能な身体。
これを労働力とか人的資本と言われても、ピンとこない。
条件さえ整えば働けるでしょ、と言われても、じゃあどんな条件なんだ? と反問したい。

芸音音楽アカデミーでの仕事は労働ではないのだ。
「凌ぎ」だ。
何とか一日一日を凌いでいる。ただそれだけだ。
ルンペン・プロレタリアート
乞食。
事実私は、ネット乞食でもある。
そんな私が、恋愛や性的関係を望むとしたら、贅沢なのだろう。そのように人から謗られるのであろう。
恋愛や性は贅沢なのだろう。
貧乏人にはありつけない、遠いものなのだろう。
それに私は、他人を愛してはいない。
精神的な愛情が全く欠如している。私は倒錯者なのだ。

誰も愛さない。

性的享楽を求めるが、得られない。

当然のことだろう。金がないのだから。愛もないのだから。
だから鬱屈する。内攻する。