カント / 人倫の形而上学

Title:人倫の形而上学(『世界の名著.39 カント』所収)
Creater:カント Immanuel Kant
Subject:引用, 哲学, 食人
Description:

男が女をさながら物件として享楽するために、すなわち彼女との間に単に動物的な肉体交渉における直接的な満足を感ずるために彼女を欲すること、またこうした目的のために女が男に身を任せること、これらのことは男女双方がその人格性を放棄することなしには起こりえない〔肉的もしくは獣的同棲〕。言いかえれば、婚姻という条件、つまり、お互いが自分の人格そのものを相手方の占有下へと与えあうものとして、一方の者が相手方についてなす肉体的使用によって相手を人間でなくすることがないように、前もって締結されておらねばならないところの婚姻という条件に従うことなしには、右の交渉はなされることを得ないのである。
この条件を欠くならば、肉の享楽は、その原則から言って〔結果から言えばかならずしも常にそうであるとはかぎらないとしても〕、食人的である。食い尽くされるのが口と歯とによってであるか、それとも女性の場合のように、妊娠およびその結果としておそらく生ずるであろう彼女にとり致命的な分娩によって、また男性の場合のように、その性的能力に対する女性の過度の要求によってもたらされる疲労困憊によってであるかは、単に享楽の仕方における区別であるにすぎない。そして、こうした生殖器の交互的使用にあたっては、一方の者は他方との関係において実際にも消耗品[res fungibilis]となるのであり、それゆえに、契約によって自分をそうした消耗品にするとすれば、その契約は(人間性の)法則に反する契約〔恥ずべき契約pactum turpe〕であるだろう。 (p506-7、700字)

Publisher:中央公論社(中公バックス)
Contributor:野田又夫(責任編集)、加藤新平(翻訳)