『生きる』-26

前田さんが、浮世の義理でライブに行ったが詰まらなかったそうで、「糞ピアニスト」を罵倒している。しかし、世間では、「糞ピアニスト」がピアニストとして認知され、攝津のような存在はアマチュアと看做されるのだろうなあ、と攝津は考えた。それでも、前田さん、iwaさんのような方々から支持されればそれだけで好運と思うべきだ、とも考えた。ここには三人(だけ)の濃密な共同体が成立している。
攝津は週末にしかピアノを弾かない、弾けない。だが世のコンサートピアニストは一日八時間練習しているだろう。その差異を思うと気が遠くなる。しかし、賃労働していなかったとしても、攝津には一日八時間練習する事は無理だったろう。何より根気と体力、気力が続かなかったろう。
それに仮に、プロのピアニストになれていたとしても、ツアー続きの生活に堪えられなかっただろう。攝津は、自宅に帰り、両親と共に食事をし、自分の寝床で寝るのでなければ我慢ならぬ性分である。旅慣れてはいない。だとすれば、ツアー続きのミュージシャンは無理だ。
コンサートからドロップアウトしたグレン・グールドのような生き方もある訳だが。どうなのだろうか。