賃労働二百十二日目

6時まで。
レイ・ブラウン(Ray Brown)〜モンティ・アレキサンダーMonty Alexander)〜サム・モスト(Sam Most)『レイ・ブラウン 3』(A Ray Brown 3)、『チャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングス・コンプリート・マスター・テイクス』、アキコ・グレース『ニューヨーク・スタイル』を聴くが一番聴き込んだのはパーカー。パウエルといい、最近モダン・ジャズの基本みたいなの聴くのが多いな私。
永井均の『なぜ意識は実在しないのか』が何故私には読めないのかを考えた。同じことをジル・ドゥルーズが言うなら分かる。ドゥルーズの議論を要約して言えば、サルトル初期の『自我の超越』を参照し、超越論的領野には自我(私 moi)はその内部の一登場人物としてあるのであり、場そのものであるところの意識とは別であると捉え返し、さらに超越論的領野を「意識」のような人格的・人称的なものを連想させるタームで語るのをやめようというのがドゥルーズだ。彼によれば純粋な内在平面が特異性の場になる。そういう議論なら分かるのだ。永井の議論が私に分からないのは、脳と意識の関係が他の何にも似ていないというそれ自体は正当な議論から、比喩へと飛躍するところである。ブトムとかゾンビとか。

New York Style

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なぜ意識は実在しないのか (双書 哲学塾)

なぜ意識は実在しないのか (双書 哲学塾)